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2005年5月25日 (水曜日)

石津謙介氏逝去

明治最後の生まれのダンディズムが華と散る。
戦中、中国大陸で色々な事業を起業した。人が困っているものを作って感謝され、金儲けもできた。
敗戦で無一文で帰国。UKからアメリカへ伝統のアイビー(蔦)ルックを普及した。原点は、流行を追わなくて良い、デザインは普遍、したがって倹約できる。学校を回って根気良く父兄に話した。
当時のセビューロは高価であった。何着も買えなかった。氏はブレザーでいくとうりも使いまわしができる事を説いてまわった。
その後、平凡パンチの表紙絵になり、一斉を風靡した。
私もメンズクラブを回し読みし、洋服の基本を氏から学んだ。いまだにボタンダウンシャツを着ている。
数年前、氏がテレビでロングパジャマを着て登場した。胸のボタンを外しパジャマを下へ落とすように脱いだ。
「楽でしょう。下着は家内のパンツです。」あくまで合理的な考え方を示してくれた。

破天荒な人生を93歳まで貫きとうした方でした。幾つになっても挑戦し続けた人生にエールを送ります。

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コメント

 SHOちゃん! いやー「文部科学省に投稿」は何回読んでも良いね。 「友引に葬式」も良いですよ。 男爵毎日読んでいますよ。 男爵はスパルタ教育が大好きです。 自分の子供も鍛えたけど、その分可愛がりました。 鞭とアメは半々でしたね。 今、息子達は「お父さんに叩かれて良かった」と言います。 叩いた後は必ずケアをしましたけど。 叩きっぱなし、甘やかしっぱなしは駄目ですね。 今も息子は男爵を「お父さん」と呼びます。 その息子達は孫をどう言う風に育てるか、現在高見の見物中です。

投稿: 男爵 | 2005年5月31日 (火曜日) 23時11分

SHOちゃん始めまして新潟の阿武です。男爵さんから飛んで着ました。何か私と趣向が一緒のような感じがします。高田渡も私大好きでした。生活の柄なんて30年以上も前の歌なのにいまでも正確に口をついて出ます。当時は岡林・高石・加川良・遠藤ケンジ・友部正人・中川五郎・斉藤哲夫・三上寛ほんとに良くレコード聞きました。そしてボタンダウンいまでも好きです。でも今はユニクロで買います。ボタンダウンに綿パン。今は可処分所得がほとんどゼロなのでカッコはどうでも良くなりました。今は旨い新潟の地酒を飲むためにいかに節約するかそれが私の課題です。
これからもちょくちょく寄せていただきますのでよろしくお願いします。

投稿: 阿武さんのゆきあたりばったり | 2005年5月28日 (土曜日) 18時44分

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