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2005年7月20日 (水曜日)

再び配水制限に思う・・いつになったら解決するのか?

 度重なる配水制限。各県集まれば徳島県が退席して協議は進まず。徳島の代表の方がOKと言ったら、徳島には帰れなくなるでしょう。(笑)
 以下、都村コンサルタントの要約です。・・・10年前の意見ですが、今もそのまま当てはまると言うことは、10年間水問題は進展していないと言うことです。

物事を決めようとしたら、まず「理屈」から入るのがセオリーです。
誰が考えても合理的であるという論理をまず提示し、理屈でみんなが賛成するのがファーストステップ。

 次に、論理が正しくても利害が絡んでいると「私は嫌だ」という人が出てくるので、もし必要であればお金などの代償で「利害」調整をする。

 最後に「歴史的な背景を無視している。今まで香川が何をしてくれたのか!」とかいう「感情」を調整するという順番です。
 この「理屈」「利害」「感情」の順番を間違うと、いつまでたっても何も解決しないと思います。 これを、歴史的な背景を無視しているとか、代償が必要だとかいう話から入っていくと、好き嫌いの議論になってしまいます。よい例が韓国や中国に対する戦争の謝罪の問題です。これまで何回「謝れ」と言われ、何回謝り、そして何か解決しましたか?

**誰も損をしない総論がある
 「安全」と「交通」と「自然」に関しては個人の権限を放棄し、これを行政に預けようということを私は言い続けてきました。
ですから、水(安全)問題の解決のために、まず「水はみんなのものだ」という総論、「理屈」を合意しましょう。

 幸い、徳島と香川の水問題は「余っている徳島から足りない香川へ回しても、どちらもショートしない」のですから、誰も困らない解答があるケースです。
 徳島の大半の人は、香川に水を回したら徳島がショートすると思っているかもしれませんが、「徳島で使う5億トンに対して、供給量は12億トンある。そのうち2~3億トンを香川に回せば香川は十分足りる」とちゃんと数字を示せば、誰でも納得できる話だと思います。

 この総論を、香川のリーダーが徳島の県民に対して呼びかけるべきだと思います。留意すべき点は、こういう話は徳島の行政にいくら言ってもダメだということです。
まず県民に直接語りかける。今の行政はどうしようもない前例踏襲主義ですから、「ノー」としか言わないし、また言えないでしょう。おそらく水問題に関しては、県民の方が正しい判断ができると思います。

***総論を合意してから各論に入る
 総論が合意できれば、その後で過去の清算(「利害」調整)をすればいい。「徳島は昔から吉野川の洪水に苦しんでいたのに、その時香川は何もしてくれなかったじゃないか」とか「徳島が早明浦ダムを造ったのに(実際はほとんどが国のお金ですが)香川は香川用水を引いて水をくれくれと言うばかりじゃないか」とか、過去からのわだかまりを清算することになります。
 おそらくこれは、お金しかないでしょう。「安全」については個人の権利を放棄すると言っても、実際今まで香川
は何もしなかったのですから、過去に徳島が負担したお金を持つとか、高速道路を一緒にやりましょうとか、悪かった所は認めて全部精算するしかありません。

 その後、水に関して個人の権限を放棄して、四国単位で水のことを考える”四国行政機構”を作り、リーダーを一人選ぶ。そのリーダーが四国4県に対し、必要なところに必要なだけ流すという早明浦ダムの水の分配のルールを決める、という順番です。

 最後に「感情」の問題は一部の人の間では必ず残ります。
これに関してはリーダーがリスクをとって、リーダーシップを発揮するしかない。「いつまでも過去にこだわっていても明日はない。ここは小異を捨てて大同につこう」とリーダーに引っ張っていってもらうしかないのです。
 すべてが氷解するにはかなりの時間がかかりますし、現実にはそんなに待てないので、リスクをとって見切り発車するわけです。「感情」の問題を解決する必要条件が「リーダーシップ」で、十分条件は「時間」だと考えるべきでしょう。
 まず、歴史的背景に縛られた今までの延長線上には解答がない、既成概念をなくして考えれば、誰も損をしない解決方法があることを総論で合意するのが第一ステップなのです。たぶん、代償は必要になるかもしれませんが、解決のためにはそうした過去の話(感情論)から入っていってはダメだと思います。
 歴史的背景を尊重し、話し合いをすれば水不足が解消すると考えているのでしょうか。
 おそらく「民主主義とはすべて話し合いで解決することだ」という幻想を持っているのではないかと思います。

 残念ながら「安全」「交通」「自然」に関しては、いくら話し合っても合意はないのです。ゼロサムゲームの今日の社会では誰かが得をして誰かが損をするという結果になることが多いからです。だから十分な討議の後、個人の権利を放棄して、リーダーを選んでその人に決定してもらう、そしてそれに皆が従う・・・、これがきちんとした民主主義なのです。

 前例主義の今の行政ではどのみち水を分けてくれないわけですから、おそらくまた第二香川用水とかダムとか貯水池とかいう公共投資の話になるでしょう。すると、また借金の山になります。日本は戦後50年間それをやってきて、500兆円の借金を作ったのです。皆さんはまだその延長線上で考えようというわけですか?。
 国債を出して解決するのなら出せばいいと思いますが、その先に待っているのは国の破産です。皆さんはその時、何と言われるのでしょうか?

***「へらこさ」は滅びの姿か (へらこいは方言でズルイ・ずる賢いの意)
 答は出さない、文句は言う、責任はとらない・・・こういう人たちの考え方が変わらない限り、沈みゆく香川を変えることはできないと思います。

 例えば、もし吉野川の水を引くことでダメージの方が大きいという解答が出て、川を守るためにみんなで水不足を我慢しようということになったら、この人は一番に反対するのではないでしょうか。あるいは借金してダムを造ろうという解答が出て、自分の子供たちにツケが回って消費税が25%に上がったとしたら、それにも反対するのではないでしょうか。一体、答は出さない、文句は言う、責任はとらない・あなたの答は何なのでしょう?

 次に考えていただきたいのは、今香川で起こっている問題はすべて、私たちの責任だということです。
私たちが選挙で選んだ人の答を実行しているのですから。それに対し、答は出さない、文句は言う、責任はとらない人のようにすぐ「どうしてくれるんだ」と言う人は「自分たちの責任ではない。誰かの責任だ」と思っているのでしょう。
 「どうしてくれるんだ」という感情論をいくらぶつけても、何も解決しません。「こうすればいい」という答を一人一人が自分で考えて出して、数字と数字をぶつけて議論すれば必ず解答が出ます。そしてみんなで出したよりよい解答に対し、みんなで責任をとる。一人ひとりがそういうふうになると、物事は前に進みます。
 答は出さない、文句は言う、責任はとらない、という香川特有の「へらこさ」はもうそろそろやめにしませんか。「へらこさ」は滅びからの免罪符にはならないのですよ。

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