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2005年9月25日 (日曜日)

父とお彼岸で檀那寺へ

彼岸の集まりが檀那寺であり、父と出かける。弁当を食べお経をあげた後、県内でも有名な坊さんの法話がありました。この坊さんは会社や、教養講座の講師として活躍されており、入社当時何度か聞いたことがある方です。最近の会社の研修は宗教に関わる方の研修はなくコンサルタントと称する人たちの研修になってしまった。どうすれば儲けるかという話ばかりである。この坊さんとは30年近く会っておらず、達磨大師のような体型がお痩せになり同一人物とは思えぬ変容であった。尤も76歳で今も多忙な日々を送られており、昔の大声が今も時折聞けたのでよい日でした。

法話は生と死のことについて深くお話されました。若いとき聞いても頭で理解できても涙が出るほど感動しなかったと思います。「後生の一大事を深く頼みまいらせて・・・」蓮如の御文書の一部です。後生とは残された人生のことですが、平均寿命まで何年あるから約XX年かなではなく、何時死ぬやも知れぬ1息1息ごとの命なのです。以前、息子の結婚式のご挨拶の主旨として、今しかないと申しました。いくら若くても未来に備えて勉強しているお子さんが突然事故死することもあります。禅的にいえば「生きるとは死ぬこと、死ぬこととは生きること」・・こんな表現になるのかも知れません。
そして、いよいよ死ぬときはこの世ものに何ひとつ頼ることができない。後は阿弥陀さまに任せるしかないのです。未練無きよう今を精一杯生きるしかないのです。したいことはし、言いたいことは言い、行きたいとこへ行き、人には迷惑をあんまりかけず、他人に感謝され、やり残したことがたくさん在っても後悔せず、安寧の境地で逝きたいものです。
私は法話に比べあまりにも生臭く、人に感謝されず、疎まれている。でも、そんな自分を認めててやるのは自分しかない。自分を否定して他人を愛することはできないと思いました。
帰り道の彼岸花の色が美しくも、毒々しくも観えました。

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