« 2005年3月13日 - 2005年3月19日 | トップページ | 2005年4月3日 - 2005年4月9日 »

2005年3月24日 (木曜日)

文部科学省への投稿

国民からアンケートを募っていることをラジオで聞きましたので私見を述べます。

①登校拒否・学級崩壊について

 大部分が先生が解決できる範疇にないと思います。
 この問題の大半は家庭の問題だと思います。『集団生活のルールを守る」と言う基本的な躾が出来ていないからこうゆうことが起こるのです。 社会生活の最低限のルールを教えるのは家庭の役割です。それを先生にやれとゆうなら先生が親の権限を持たないとできません。しかし、先生がそれをやると親が抗議にくる。
 また、暴力を振るう子供を取り締まれというなら先生に警察の権限を与えねばなりません。
 しかし、先生は教えることしか許されてないので、教え諭すことしか出来ません。これでは先生は体を壊してしまいます。

②どうすればいいのか
 まず第一は、「学校と家庭の役割分担をはっきりさせること」です。
現状は親が何もかも学校に押し付けている。親が義務教育の意味を履き違えている。文部省は義務教育の定義を親に示してください。
就学の意思があり、かつ就学を希望する子女に対し、親は普通教育を受けさせる義務を持つ』という宣言をすべきです。
 就学の意思があるが否か判断するのは学校です。
子供に学ぶ意思が無い、例えば学校で暴れる子供、は教育を受ける意思があるとは思えません。そう判断した場合は就学を拒否できると明言すべきです。外国では入学させるときに親に権利と義務を書いた誓約書にサインさせています。

 第2は、教育の民営化・自由化です
 いろんな選択肢をもった学校ができます。躾の出来ている子供だけしか入れない学校。落ちこぼれを受け入れ鍛える学校。・・・
親と子供は自分のリスクで学校を選べば良いんです。横並び、均一化は限界があります。思い切って民間に任せてみてください。

 最後に、体を壊しても現状の中で努力するなら、親に躾が出来ないのですから「マナー」の時間を復活すべきです。昔のように「道徳」といえば組合が反対しそうなので、マナーにしました。
教育者は学力低下を悲壮感をもっておられるようですが、時間数を増やしても同じだと思います。子供達は何のために学ぶのか理解していないからです。マナーの時間で日本の文化を教えることがより近道ではないのでしょうか。戦後日本は日本の文化を捨てアメリカの文化?を受け入れてしまった。敗戦国ドイツは自国の文化を守った。日本文化を守る最後のチャンスだと思うのですが。      以上

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年3月22日 (火曜日)

トリビアの泉「ガセネタ」

ogawatamaki1嘘つき・・・
緒川たまき さんです。好きな音楽家がサティ、ドビッシーとは・・なんと私と同じ。若い人なのに珍しい。フランス文学が好きで、渋澤氏の作品・翻訳ものをよく読むらしい。乙女ですね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

無償の愛

NHK教育TVで美輪明宏さんの人間講座を昨夜見ました。彼?の一番好きな唄「愛の賛歌」の説明をされておられました。一般に知られている越路吹雪さんの歌詞と原詩はかなりちがっています。原詩は激しく、強烈、強引、世間の目など気にせず、一途に貫き、包み込む愛を唄っています。一言で言えば「無償の愛」。
 恋は自分本位ですが、愛は相手本位。愛する相手がどんなに老いさらばえ、醜くなろうとも愛しつづける。相手が月を盗めと言われればそれもしよう。国を捨てろと言えばそれもしよう。相手に他の人ができたら自分は相手のために身を引き遠くから見守っていよう。そんな愛を無償の愛という。自分は其処には無い。しかし、激しく心は燃えている。
 誰しも己の保身を図ろうとするが、そこには真実の行動はない。人生に悔いが残る。今という時しかないのだと思う。過去にとらわれず、未来に縛られず、今を精一杯生きてゆくことしかないのだろう。人生に上り坂も下り坂もない。そう信じて前向きに生きることが肝心だと想う今日此の頃である。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2005年3月13日 - 2005年3月19日 | トップページ | 2005年4月3日 - 2005年4月9日 »