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2005年12月30日 (金曜日)

「人間学」の研修を受けて・・感動の涙が・・・

今月受けた研修で感動しました。涙が溢れました。

内容の要旨を書きます。

1.人生には、背を向けてならない二つの真理がある。
  ・人生は二度ない
    ⇒時を大切にする、挑戦を大切にする。
  ・人生は決して一人では生きられない
    ⇒他人を大切にする、他人から大切にされる自分になる。

2.人生は選択である。
    ⇒最善と思われる道を選んで、その環境下で生き甲斐を創り、
     感動を求めて生きる。
    ⇒人生は自らが主人公となって、自らの意思で創造すべきものであ        る。

3.人生舞台は四つある。
  「仕事・家庭・地域社会・趣味」

   この舞台は次の意味がある。
    ・限られた命を削る場所
    ・人と不思議な出会いをする場所
    ・感動と回り逢う場所
    ・想い出をつくる場所
    ・自分を育ててくれる場所

   四つの舞台で持つべき意識
    ・人の(世の)役に立つ
    ・楽しむ
    ・成長する。後輩を育てる。

   *四つの舞台で三つの意識を持てば、12倍の「生きるよろこび」を知る
    ことができる。この価値観を共有できる仲間が少しでも多くいると、こ の「よろこび」はさらに倍増する。
     人生を考えることによって人は成長する。死にざままで考えることが
    できるようになれば、ものごとの本質を大切にできるようになる。

4.職場で良い想い出を作ろうと心掛ける。
  ・明るい職場 ⇒管理職は、自らすすんで挨拶をし、明るい声・明るい表情をする。
  ・楽しい職場 ⇒管理職は、部下達に人間関係で余計な神経を使わせず、気持ちよく
         仕事に専念できる状態を作る。チームの向かっている方向、個人の
         やっている仕事に価値や意義を感じさせ、苦しいときでも、楽しい
         とさえ感じ、やりがい・苦労のしがいを感じさせよう。
  ・民主的な職場⇒管理職は、年令・経験・性別・地位を武器にして人間を支配しない。
         意見を伸び伸び言わせて尊重し、組織内の情報を許される限り開示
         し、風通しを良くする。

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『1円硬貨、5円硬貨廃止論』

財務省および内閣府にEメールしましたが、回答もなく、皆さんのお考えを知りたく思い投稿しました。

*廃止の主旨とメリット*

1. 1円硬貨は年間2億枚、原価2円を日銀が2円+αで購入している。これだけで2億円損です。

2. 金融機関、スーパーなどでの整理に1円は変形・汚損硬貨が多いため、時間がかかる。特に、金融機関は、正損分類が必要で、計数器の正損レベルを1段階厳しくすると損傷硬貨が増えるが、日銀ではまだ使える硬貨ありとして引き取ってくれない。逆に、正損レベルを甘くするとお客様から文句がでる。

3. お賽銭など雨に晒され、階段に置かれ踏みつけられた1円硬貨が大量に運び込まれたときは、機械選別ができず手作業になるので、人件費が1円以上かかる。違法ではあるが、捨てた方がコストがかからない(極論です)。

4. ATMのトラブルで1円の詰まりが多い。コストがかかる。

5. 硬貨廃止はス-パなどの現金取引に限り行う。取引単位は1円であり、デノミではない。個々の品物は円でレジを通し、合計金額を四捨五入することとする。端数は消費税と同じように借受勘定で処理する。(法律改正が必要)

6.口座振替、カード決済、IT決済など現金が伴わない場合は1円までで決済する。

7.レジスターなどのプログラム修正が必要だが、ラウンド命令+αで済み、消費税の総額表示のような手間はかからない。

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2005年12月28日 (水曜日)

「老い方練習帳」を買う・・・

昼休みに立ち寄った本屋で「老い」への予習という文字が目に止まり、帯に「いきいき老いる」ためのヒント”わらじ医者の名説法!と、書かれていた。還暦は赤ちゃんへ戻る節目、と考えればボケも気が楽に・・・。ここまで書かれちゃ~買わずにいられねえ~

 小生tawssiさんの1歳上。父は87歳で介護が間近い。

お正月は、「門松は 冥土の旅の 一里塚 めでたくもあり めでたくなし」 ですもの。

 本の前書きに、「苦」のなかにある「楽」を知る・・・「老いよし、病よし、死もまたよしと生きるべし」・・・・

 お釈迦様は「四苦」・・生、病、老、死・・と言われました。生きることも

隣のご主人は、約2ヶ月植物人間です。本人は意識がないので苦るしみは感じていないでしょうが、家族や近所の方は「苦」です。「お前もこうなるぞ!」と受け取りますよね。

若い人であっても、楽しいデートの帰り、つむじ風で列車が転覆し死んだりします。つむじ風が1秒遅れていたら、生きていたかも知れません。

さように、人の生死はハカナキものです。苦である生を、考え方によって、すこしでもにしたいものです。

妙好人のお方が「臨終待つことなし 今が臨終 ありがたや」と言われました。仏様のハタラキによって救われた感謝の言葉です。

 後生の一大事を心にかける 歳になったようです。

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