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2006年4月 7日 (金曜日)

退職そして父と「湯布院」へ・・・

勤務先には、3月末で58歳になると職位定年になり、ヒラリーマンに格下げとなる制度があります。

勤務先の構内LANにフリートークという発言場所があります。そこへ仕事が終わってから投稿を続けていました。約2000人の職員がいて僕一人が投稿していました。

大部分の人は、僕が暇に思えたり、批判めいた事を投稿して人事考課が悪くなると思ったりしていたことでしょう。

最後の1ヶ月は「BUNちゃん先生」の許可をいただき、それまで溜め込んでいたBUNちゃん先生の記事を毎日投稿しました。

経営、職場、仕事の意味、考え方をBUNちゃん先生の言葉で伝え、経営者の意識改革を図れたらと思いながらの投稿でした。

運営の責任者である理事長に、職員に向かって投稿してくださるよう何度もお願いしました。でも、退職するまで投稿はありませんでした。

肩書きが無くなると、発言の場がなくなる組織ですから、現場を見ない、現場が手薄になる、現場から不満が充満しています。

僕は「辞めますので、現場に若い人を2人雇ってください。」といって退職しました。

3月31日は年度末なので遅くまで仕事をしておりました。最後にパソコンのデータ整理をしているとき1通のメールが入り、「投稿に元気づけられたり反省したりしていました、お疲れさんでした。」、というメールを読んで、無駄ではなかった・・・そう思いながら御礼の返信をしてパソコンの電源を涙しながら落としました。Topimage

4月3日~5日、仕事でほったらかしにしていた父と車で湯布院に行きました。

父は87歳で軽度の認知症と失禁があります。父に刺激を与えることで帰りは自分でもYufuinn2気を使うようになりましYufuinn1た。 僕はここちよい疲れが残りました。

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