« 2008年6月22日 - 2008年6月28日 | トップページ | 2008年7月6日 - 2008年7月12日 »

2008年7月 2日 (水曜日)

後期高齢者医療保険制度は家族制度崩壊の危機

 75歳以上の高齢者を切り離すことは、家族制度を根底から崩壊させ、日本のあるべき高齢者福祉策の可能性を壊してしまう恐れがあります。

 家族と同居している高齢者は子供の扶養家族として、面倒を見てもらっていたのが、75歳になると子どもから切り離され自己責任でやれということになった。
子供からみれば、親の扶養義務がなくなったことになります。
 
戦後の法律は、家や地域共同体より個人が上の位置になりました。

個人の権利と義務を認めた。個人の能力を失ったときは後見人を認めています。嫁いだ嫁には舅や姑からの相続はない。嫁にしてみれば法律上嫁ぎ先の舅や姑の介護をする義務はない。 
 しかし、戦後も「子供が自分の親を養う」という伝統を引き継いできました。年長者を尊ぶ伝統が消え、邪魔者扱いされる時代になりつつあります。
 子供が親の面倒を見るという伝統を壊したら、福祉は滅茶苦茶なってしまいます。

いずれ全員個人主義でやって行け、ということになるでしょう。
そのとき、誰が後見人になるのでしょうか。国がなるのでしょうか。
 

中央の先生方は、弱い者いじめの議論に終始しているが、日本の文化や歴史、それを基盤とした社会制度を根底から揺るがすようなことが始まったのにもかかわらず、そんな議論は聞こえてきません。

やがて、家庭環境は殺伐としたものになっていくと思います。
日本が永年培ってきた文化を数年で壊そうとしている。

取り返しのつかないことになるのではないかと恐れています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

人生の生き方について

前回と重複しますが説明を少し加えました。

1.生きるとは?

苦悩・悲哀・孤愁・暗愁に満ちている。

幼年期、青春期、中年期、老年期それぞれの悩み・裏切り・援助とともに生きてきたし、生きていくだろう。

佛経では「生、病、老、死」を四苦という。
シェークスピアは「人は泣きながら産まれてきた」と書いている。

小林秀雄は「人は産まれたときから死に向かって生きている」といったが、私は「死と共に生きている」と考えています。

人生の成功者と世間から認められる人達がマスコミに取り上げられるが、その人と同じように頑張ってきた人は何万倍~何百万倍いるのでしょうか。

資本主義の市場原理のように、ほとんどの人は淘汰される仕組みになっている。

それなのに、稀なる成功者は「頑張れば出来る」「努力は報われる」と言う。自分は選ばれた特別な存在であることに気がつかないから言えるのでしょう。

報われるためには最低条件をあらかじめ持っていなければならない。五体不満足でも頭がいいとか、知的障害があっても身体が強いとか、何かしらの努力できうる条件すらない人は努力以前の壁がある。

医者は「産まれてきたことが超エリートなんです」などとも言うが、人は誰しも産んでくれと頼んで産まれては来ないのです。

身体が丈夫で、頭脳明晰で、平和な国で、裕福で円満な家庭に産まれたかったと誰しも思うでしょう。
しかし、飢餓の国や動乱の国に産まれ、泥水の産湯につかり、マラリヤかHIVに感染してしまうかもしれない。
輪廻転生を信じる国ではマラリアを持った蚊に産まれるかもしれないのです。

現実は、皆が同じスタートラインに立てないのです。

たとえ、裕福な生まれであっても、親の遺産をあてにする家族はすでに壊れていると思います。
「子孫に美田を残すな」の格言がありますが、現実として、農家の長男は日本の伝統に従い先祖の田畑を守るのが当たり前と思われています。足枷のようなものかもしれません。

現代社会が求める成功者は○で、出来ないやつは×という考え方。たゆまぬプラス思考と競争の果てに待っている社会はどのようなものか想像できるでしょうか。
素晴らしい社会でないことだけは想像できます。
疲弊した社会を憂い、世界の将来を憂うる心は持ち続けたいと思います。

さように、人生は不条理であり、公平でない。
そして、屈託と不安から自殺への願望が芽生えてくる人が増える。
身捨つるほどの祖国はありや」と寺山修司が嘆いた。

日本中が雨漏りしている」と先人は嘆いた。

2.人との接し方・・・「ホンネとタテマエ」

「ホンネを愚直につらぬきとおさないこと」、「ホンネを軽々しく表にださないこと」が円滑な人間関係を維持できると考えるようにしたい。

私は一度の人生なら仕事も家庭もホンネを貫こうとして生きてみました。
しかし、あまたのタテマエに玉砕し、挫折感をつのらせてきました。
ホンネでぶつかっていると荒涼とした人間不信、自己嫌悪の深い淵をみることとなり、自分を愚かしい人間へと落としいれることとなった。

タテマエは人間関係の潤滑油として大いなるハタラキをもつものです。
荘子の言った「君子の交わりは淡きこと水のごとし」のように中道を歩むよう努めたいものです。

Ryoukann信頼を得るには、「裏切られても公開せず」という覚悟と、「見返りを求めない」「人の気持ちに期待しすぎない」ことで、与えて感謝する「布施の心」を持つことに繋がっていくと思っています。

そして「慈悲の心」を共感することが安寧な日々を過ごすうえで欠くことができないものと思っています。              

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2008年6月22日 - 2008年6月28日 | トップページ | 2008年7月6日 - 2008年7月12日 »