« 日本人は他人を信頼しない民族だ! | トップページ | ギターと生爪 »

2009年1月 5日 (月曜日)

アンジェイ・ワイダ映画監督について

180pxandrzej_wajda_by_kubik アンジェイ・ワイダ(Andrzej Wajda, 1926年3月6日 - )はポーランドの映画監督。

1926年、ポーランド生まれ。父は軍人であった。
青年時代に、浮世絵をはじめとした日本美術に感銘を受け、芸術を志す。
第二次世界大戦中は対独レジスタンス運動に参加。

1954年、『世代』にて映画監督デビュー。
1956年の『地下水道』がカンヌ国際映画祭審査員特別賞に輝いた。

1958年の『灰とダイヤモンド』は、反ソ化したレジスタンスを描いており、ヴェネチア国際映画祭批評家連盟賞を受賞した。

これら三作品は、ワルシャワ蜂起時のレジスタンスや、戦後共産化したポーランド社会におけるその末路を描いており、『抵抗三部作』として知られている。

「大理石の男」  (1976)は70年12月事件(労働組合の蜂起に対し社会主義の政府が武力鎮圧。多くの死者を出したが隠蔽のため墓を作ることさえ禁止。)を映画化するまで政府の検閲から許可がでず、おりしも若手の文化大臣が就任し映画化の許可を出した。

監督はラストシーンで 墓地を訪れるが墓が無く止む無く墓地の門に花束を置いてゆくシーンを描いたが検閲でカットされる。
加えて、映画化の許可をだした文化大臣まで辞職することとなった。

1981年、『鉄の男』でカンヌ映画祭でパルム・ドールを受賞した。
この映画も70年事件を描いている。

しかし、ポーランドの「連帯」運動に参加したため、同1981年に引かれた戒厳令で、ポーランド映画人協会長などの職を追われ、フランスなど海外での映画制作を余儀なくされる。この時期に製作されたのが、『ダントン』(1983年)、『ドイツの恋』(1983年)である。
1985年、『愛の記録』にてポーランド映画界に復帰。

2007年「カチン」・・・カティンの森事件について描く。
カティンの森事件とは、1940年 ソ連が共産主義をポーランドに確立するため障害となるポーランド将校達を殺す事件であるが、長く極秘扱いされていた。
ワイダの父親もこの事件で虐殺されている
それだけに監督は映画化したかったのだ。
この映画はモスクワでも上映され300万人が観たといわれている。

監督は映画についての考えを次のように言った。
「映画とは あの時 どうだったかを伝えることだと信じてきた。」

作品リスト・・・太字の映画は必見

世代 (1954)
地下水道 (1956)
灰とダイヤモンド (1958)
ロトナ(1959)
夜の終わりに  (1960)
シベリアのマクベス夫人 (1961)
サムソン  (1961)
二十歳の恋(1962)
灰  (1965)
The Gates To Paradise (1968)
すべて売り物 (1968)
白樺の林 (1970)
戦いのあとの風景  (1970)
婚礼 (1972)
約束の土地  (1974)
Smuga cienia (1976)
大理石の男  (1976)
Bez znieczulenia (1978)
ヴィルコの娘たち (1979)
Dyrygent (1980)
鉄の男 (1981)
ダントン  (1983)
ドイツの恋(1983)
愛の記録  (1985)
悪霊  (1988)
コルチャック先生(1990)
鷲の指輪 (1992)
ナスターシャ  (1994)
聖週間  (1995)
Panna Nikt (1996)
パン・タデウシュ物語  (1998)
Zemsta (2002)
カチン  (2007)

|

« 日本人は他人を信頼しない民族だ! | トップページ | ギターと生爪 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 日本人は他人を信頼しない民族だ! | トップページ | ギターと生爪 »