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2009年3月30日 (月曜日)

良寛さんのつづき~2~愛語

高校時代、鈴木大拙ブーム?があり、道元の書に挑戦したのですが、言葉の表面は読めても、真意が掴めず、消化不良となりました。

例えば、
『愛語といふは衆生を見るにまづ慈愛の心をおこし、顧愛の言語(ごんご)をほどこすなり。』

 意味は分かります。
当たり前じゃないか。何をいまさら、と思いませんか。
そこで、現代訳を探しました。

唐木順三の『良寛』の中から、
「愛語とは、菩薩が衆生を見るとき、まず慈愛の心を発して、その時その人に応じた思いやりの言葉をほどこすことである。」

分かったような、そうでないような訳です。
言葉を置き換えただけで、理解が深まりません。
もっと、分かりやすく訳して欲しいという欲望から、でて来たのが、
新井 満さんの自由訳『良寛さんの愛語』です。

「愛語、というものがあります。相手をやさしく思いやる言葉、という意味です。
  ところで愛語とは、どこから生まれてくるのでしょう。
  それは、相手をやさしく思いやる心。言わば愛心から、生まれてきます。
  まずは、心があってheart02、次にその心から、言葉が、生まれてくるというわけです。決してその逆ではありません。
 たとえば、相手を憎んだり、うらんだり、ねたんだりする心。言わば憎心poutからは、まちがっても愛語は生まれてきません。もし生まれてくるとしたら、それは、憎語でしょうね。
  言葉は、心の鏡。心もようを正直に映し出します。だから嘘はつけません。
  相手を切りきざむ、冷たいナイフのような憎心ではなく、相手を抱擁する、あたたかな春風のような愛心cherryblossom
  さあ、相手をやさしく思いやる、愛心を持ちましょう。そして、愛心から発せられた愛語を、あの人に、そっと、かけてあげましょう。」

 
  詩人らしい言葉で分かりやすく、読み終わるとなんだか心がふわ~とします。Tessai
ありがとう、新井 満さん。lovely

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