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April 28, 2009

水稲の栽培方法からみた農家のあり方

1.慣行農法
 農耕の言葉どおり土地を耕し、化学肥料、農薬、除草剤を使用する方法。
  篤農家といわれる人ほど何度も耕し、草を除く。
 
  欠点は、微生物の循環を無視し、土地を栽培場として捉えているので、微生物が減少し、地力が落ち、科学肥料に頼らないと栽培できなくなる。
  また、石油資源を大量に使い、コスト高となる。
 
 
2.有機農法
 これは農水省が化学肥料に替えて有機肥料を使う農法を有機農法と定めただけである。
  消費者は有機=安心 と思っているようだが、大間違い。
  家畜の糞尿に何が含まれているか知らないし、知らせてない。
  農水省は糞尿の分析を表示するよう指導すべきだが、それができないのが現実なのだ。
  養鶏農家は糞の処理に困り、安価で田んぼに撒いてくれる。農家も急騰した化学肥料よりコスト安になるので利用しているが、糞の分析はやっていない。
  ホルモンが入っていても国が有機農産物とみてくれ、消費者も高くても買う。国が安全を保障している訳ではない
 
 
3.自然農法
  愛媛県伊予市の故 福岡正信氏が実践した農法。
  「藁一本の革命」他 著書多数。特に海外で有名
  全てを自然に任せる。おこぼれを人がいただく。
   中曽根総理と故 草柳氏が対談した折、「総理は福岡さんをご存知ですか?」と質問し、「知らん」と総理が言った。
   「福岡さんはインドではガンジー並みの扱いをされ、多くの国から賞を頂いているかたです」と補足したそうだ。
   あの時、総理が関心を持たれていれば、今の日本の環境は世界が羨む状態になっていたでせう。
   
   自然農法の欠点は機械化できないこと。
   自分のくいぶちを確保するだけならOKだが、消費者のぶんまで栽培するのは労働力がかかり、現実的ではない。
   しかし、自然相手の農家にとって自然農法は基本である
  天候や害虫に強い米を作るバイブルである
   
 
4.不耕起農法
 自然農法の欠点をカバーすべく田澤氏 が18年かけて確立しWed_detail_photoた農法。
  田植え機、コンバインを使用する。
   耕さないので農耕とはいわない。篤農家からみれば堕農とみられる。
   田植え直後に家庭不和が発生するのが欠点。
   部落から除け者にされる恐れあり。しかし、数年かけ微生物の循環が始まると周囲の見る目が変ってくる農法。
   スタートは、昔の農法に帰る発想から始まった
   冷害でことごとく被害をうけた稲のなかで、小さな田んぼが生き生きと育っていた。そこは、跡継ぎがなく、自分の食い扶持だけお年寄りが昔ながらの方法で育てた稲だった。機械もなく、早くから田んぼに水を張り、5葉の苗を手植えしていた。
  ●苗を強く太く育てる。
    慣行農法は20日の乳苗を植えるが、昔は50日の5葉の苗を植えていた。5葉の苗で20cmの高さに育てる。これが一番難しい。
  ●エコ
    慣行農法は耕起するので稲藁などが土中に入り腐敗するときメタンガスを出す。ガス抜きのため途中で中干しを行うのです。ガスはCO2の10~30倍地球温暖化に影響を与える。
慣行農法をしながら「田んぼは自然を守る」スローガンは嘘になってしまいます。 (酸化と還元)
 
 不耕起は稲刈りの後、田んぼに水を張るので、藁は水のなかで腐敗し、ガスをださない。だから温暖化をくい止める地球に優しい農法なのです。
 
 ▼欠点
  JAのカントリーを利用できない
カントリーの利用条件は、種子をJAから毎年購入すること、栽培履歴、JAが設計した栽培方法で作ること、が定められております。
農薬、化学肥料を使わないため種子はJAの消毒されたものを不耕起では使いません。したがって、カントリーの利用ができません。自分で乾燥、精米、保管をやり、販売も自分ですることとなります。

背景には、不耕起だと肥料、農薬が売れなくなるので、JAの収益が減ることになります。
不耕起が肥料、農薬のコスト減から農家の収益増になってもJAの売上減を優先しているのかと憶測したくなります。
JAは農家のためにあるのですが、片一方で農水省からの複雑な縛りがあり、手足を縛られているので、自由に動けないのです。外国からの輸入に高い関税をかけて日本農業を守っている。そのうえ、様々な補助金が国から出ており、逆らえない状況に置かれています。

国もガット以降、要らない米を外国から買わなければならず、農水省の担当者にしてみれば、外国から輸入した米はカビ・農薬など不安なものが多く、捨てるわけに行かず、かといって、そのまま流通させるわけにもいかず、厄介な仕事である。そういう状況下でカビ米問題が起きたのは必然というか、時間の問題であったろうと思う。
新聞の投書欄に農家側は、「農家に任せたらどうか」、「休耕地を元に戻すは数年かかる。その場しのぎの農政はやめて欲しい」などの意見が多く寄せられています。

お互い、歩み寄り、将来を見据えた農政を根本から見直す必要がある

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April 27, 2009

映画「グラン・トリノ」は秀作

イーストウッドは監督になってから才能を発揮している。
ミリオン・・、硫黄島・・、チェンジング など秀作ぞろいである。
彼の絵は色を抑え、私好みである。
展開も余計なものはなく、飽きさせない。

涙と勇気がでちゃう映画です

タイトル「グラン・トリノ」フォードの1972年型グラントリノという車種名である。Photo
フルモデルチェンジを受けた1972年モデルであり、そのラインナップはベーシックグレードのトリノと上級グレードのグラントリノを基本に、グラントリノにはさらに上級のグレードとしてグラントリノ・スポーツが設定されていた。
2ドアハードトップと2ドアファストバックの違いはリアウインドウ部にノッチが入っているかいないかというもの。
映画に登場するのはノッチの無いグラントリノ・スポーツ2ドアファストバックハードトップである。

フルモデルチェンジした1972年型グラントリノは、ボディがやや大型化していたことと300ポンド前後も車重が増していたこともあり、ハイパフォーマンスモデルとしてはやや不満を感じるものだったが、増えた車重の分はそのまま制振遮音材や内装のクオリティアップに回され、パッセンジャーカーとしてのクオリティは大幅に向上していた。
雰囲気とクオリティ感、重厚さなどはフルサイズを思わせるものだったという意味では歴代トリノの中でベストであるとの評価も高い一台である。
町乗り車としてはベストな選択であろう。

翌1973年、グラントリノはフロントマスクを一新するフェイスリフトを受けた。
このモデルは「刑事スタスキー&ハッチ」に登場し、日本でメジャーなトリノだろう。
ゆえに、1年しか造られなかった1972年型グラントリノのルックスは個性的である。
映画は、イーストウッドがフォードの組立工でかつ、並はずれたフォードマニアだった設定になっており、また彼がもっとも輝いていた時代の象徴として、宝のように大切にしていた友人のような存在として描かれている。

フォードといえば「 マスタング (Ford Mustang)」(日本では「ムスタング」と呼ばれていた。)が浮かぶ。1973
「マスタング」とは「野性馬」のこと。映画のカーチェイスによくでてくる。スポーツタイプで実質馬力は600あったらしい。栃木県警に2代目の「Mach1」の1973年モデルのパトカーが高速取締用車両として寄贈された。

映画では朝鮮戦争から生還した老人となっており、持っているライフルは第2次大戦でアメリカ軍が使用していた銃だった。自衛隊も最初はこの銃を使っていた。

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April 17, 2009

仕事学のすすめ を観よう

NHK 木曜22:25~22:50(教育TV)
再放送 翌週の5:35~6:00(教育TV)

に放送している「仕事学のすすめ」から組織の突破口を見つけ、実践して欲しい。

4月は「人心巻きこみ力」が4回。昨日3回目の放送あり。
再放送または有料のオンデマンドまたはNHK出版から4~5月の本が690円で買ってください。
5月は販売論で東京日産販売の女性社長 林 文子さんです。

4月は藤巻幸夫 FUJIMAKI YukioFujikmakiyukio
1960年東京生まれ。上智大学卒業後、伊勢丹に入社。「解放区」「リ・スタイル」「BPQC」などを立ち上げ、カリスマバイヤーとして知られる。
2000年伊勢丹を退職し、アパレル会社を経て、2003年福助社長へ再建のため就任。
2005年セブン&アイ生活デザイン研究所社長、イトーヨーカ堂取締役執行役員衣料事業部長兼任。
その後独立し2008年2月フジマキ・ジャパン代表取締役副社長。
ブランドプロデューサーとして講演会やテレビのコメンテーターなど幅広い分野で活躍。著書には「志マーケティングのすすめ」「自分ブランドの教科書」「人脈の教科書」等、多数

第1回 「自分ブランド」をつくれ
第2回 「人脈」が仕事を変える
第3回 実録「熱い組織」のつくり方
第4回 「志」を忘れるな 。

人事のやりかたも独特で、優秀な奴が上になるとは限らない。単純で熱い奴が上になり、その下に冷静で静な奴を配置する。
あるいは、給与と地位は関係なく人事を行う。若い女性が上になり、給料の高い年配者が下になるが、上になったからといって給料は上がらない。
優秀な人間だけでは摩擦が起こる。潤滑油となる人間も必要だ。
個人の個性に合った配置を行い、そのサポートをきっちりTOPがやる。取引先ごとの性格分析までやり、それに合った性格の人を担当にするなど、きめ細かい人事をやり、組織が一体となる。

私がいた組織の人事とは比較にならない細やかさである。だから、社長は社長室に30分しかいない。動き回っている。夕食を家で食べるのは年に1~2回だ。

NHKのサイト
http://www.nhk.or.jp/shiruraku/thu/index.html

ここから 藤巻さんのHPへリンクしている。

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April 16, 2009

ベスト電器DMに障害者用の料金で2億円浮かす

特捜が数社に入った。
通販会社、ベスト電器、日本郵便、ほか数社に例のダンボール箱を持って同時調査。
障害者用の軽減郵便料金を利用した疑い。

いつも、いつまでたっても、銭ゲバ犯罪が絶えることは無い
国が貧しい人、弱者に手を差し伸べると、悪用する輩たちは、なにを信条として生きているのだろうか?
前にも書いたが、「三方よし」の精神さえ守っていれば、正直に愚直に生きていける。さらに、良寛さんのごとき清貧さえ良しとする境地さえある。

一方で、自殺者が3万人を切ることなく増え続ける。半数が経済的理由で自殺している。いじめ、うつ、病、などが理由で自殺している。
宗教は「自殺は罪である」と説いている。「生きるとは 死ぬときまで 生きること」と説かれても、その日の糧が必要なのです

自殺より戦争が・紛争が怖い。突然死ぬのだから。

釈迦は「生・病・老・死」を四苦と言った。
人はこれらを考えまいとする。向き合うのが嫌なのです。怖いのです。
しかし、DNAにはっきりと寿命がかかれています。DNAの設計図まで生きることは至難の技です。DNAには120~140歳で死ぬとかかれています。その年令まで元気で生き、時間が来ればコロリと死ぬのが理想です。

絶対に逃れない「死」を真剣に、真摯に考え、「生きるとはなにか」を見つけ出そうではありませんか

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イチロー張本氏と並ぶHを満塁HRで飾る

4月15日(日本は16日)はジャッキー・ロビンソン記念日で全員背番号42をつけ、張本氏がネット裏で観戦する中、イチローはDL明けのMLBデビュー戦となった。
CF前のヒットとフルカウントからの満塁ホームラン張本氏と並んだ
 ピッチャー足元を抜けるゴロがセカンドカバーに入った相手二塁手のグラブに入り一塁転送しセーフと思えたが審判はOUTを宣告、監督が抗議するも認められず。VTRで見る限り同時にみえた。一本ヒットを損した。あるいは投手が捕っていれば多分セーフだったが、MLBの投手はマダックス(精密機械といわれ、ゴールド・グラブ賞18回)以外は投げた後、9人目の野手にならない。
そのあと満塁HRなら、張本氏の記録更新をHRで飾ることとなると、「ついてますね」になるのだが。
イチローはチームが5連勝と順調にきているなかで、「チ-ムの空気に馴染めるか心配でした。チームが勝てて嬉しいです。HRは当てるのが一杯ですよ」と彼流の言葉で語った。

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MLB全員が背番号「42」 J・ロビンソン記念日

「4月15日はジャッキー・ロビンソンの日」 Jackie

米大リーグは、黒人初の大リーガー、ジャッキー・ロビンソンのデビュー記念日の15日(日本時間16日)に選手、コーチ陣、審判員の全員がロビンソンの背番号だった「42」をつけると発表した

 これまで記念日は「だれでも42をつけて良い」とされ、昨年は300人以上が「42」をつけた。 コミッショナーは「全員が42をつけ、彼の偉大な功績を忘れないことを示したい」と呼び掛け、初めてグラウンドの全員が「42」をつけることになった 当日はメッツの本拠地シティ・フィールドを中心に各球場で式典が行われる。着用したユニホームはオークションにかけられ、収益金が「ジャッキー・ロビンソン基金」に寄付される。

 「42」は現在、全球団の永久欠番だが、ヤンキースのリベラ投手は例外としてつけている。また、日本に来た外人は42番が多い。日本人は42が「しに⇒死」を連想させるので嫌がっているため、日本では42が欠番になり、「ジャッキー・ロビンソン」を知ってる外人選手は喜んで42番をつける。

 1947年4月15日、メジャーリーグ史上初の「黒人選手」がデビューした。彼の名は「ジャッキー・ロビンソン」。彼が人種差別の壁を破らなければ現在の、バリー・ボンズや、サミー・ソーサも、メジャー記録の「755本塁打」を放ったハンク・アーロンもいなかった。
 
 現在はロサンゼルスを本拠地としているドジャースが、ニューヨークのブルックリンに本拠地を置いていた、ブルックリン・ドジャースに入団したジャッキーだったが、ジャッキーが入団した事で、黒人の選手とはプレイ出来ないと、数人の白人選手はチームを後にした。さらに相手チーム、ファンからも心無い野次が浴びせられ、対戦相手からは対戦拒否と、人種差別は想像を絶していました。(当時、黒人だけのニグロリーグがあった。なかには600勝以上した投手もいた。)
 
 故意のスパイクでユニフォームが裂け流血した事もありましたが、ジャッキーは常に紳士的な態度をとり、プレイで周囲を黙らせていきました。世論もそんなジャッキーを徐々に認めていきました。1年目のこのシーズンは、2割9分7厘、12本塁打、29盗塁でこの年から制定された新人王に選ばれました。現在新人王が「ジャッキー・ロビンソン賞」と言われる由縁は初代新人王がジャッキーだったことからきています。
 
 もちろんジャッキー1人の力では、人種差別の壁は破れなかったと思います。周囲の反対をよそに契約を推し進めたドジャースの当時オーナー、「ブランチ・リッキー」、オーナー会議で15対1で反対されながら、ジャッキーがプレイする事にGOサインを出した、当時のコミッショナー、「ハッピー・チャンドラー」、対戦拒否の場合は出場停止処分に処すと強硬な態度を貫いた、当時のナショナルリーグ会長「フォード・フリック」、彼らの内1人でもいなかったら、ジャッキーをはじめ、黒人選手がメジャーリーグでプレイする事はなかったかもしれません。
 
 1997年4月15日、ジャッキー・ロビンソンがデビューして50周年のこの日、ドジャースvsメッツ(ブルックリンに本拠地)のゲームで5回終了後、当時のアメリカ大統領、「クリントン大統領」が記念式典に参加し次の言葉を残しました、「すべてのアメリカ人は、ジャッキーに感謝しよう。彼のおかげで、アメリカはより強く豊かな国になれた。次の世代の明るい未来のために、彼の遺産を大切にしていこう」と。
 
 1962年には殿堂入りし、さらにジャッキーのつけていた背番号「42」は、ジャッキー・ロビンソンがデビューして50周年目の1997年4月15日にメジャー全チームで永久欠番になりました(永久欠番になる前から42番を付けていた選手は継続使用が許可されています)。 

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加藤 周一さんの言葉

行動に繋がるのが「情熱」
個人の自由な意思が連帯をすすめる。
全体に流されるのではなく、自分で考えて欲しい。
閉塞感に覆われた時代こそ、小さな絶望的爆発が求められている。

 昨日NHK BSで放映されたフランソワ・トリュフォー監督の映画「華氏451」(1966年製作)を再度観た。 原作は、レイ・ブラッドベリによって1953年に書かれたSF小説である。

 本の所持や読書が禁じられた、架空の社会における人間模様を描いた作品で、題名は紙が燃え始める温度(華氏451度≒摂氏233度)を意味している。
  「現実に存在する情報統制や言論弾圧あるいは焚書の危険性を、フィクションを通して告発したもの」と評する者が多いが
 作者のブラッドベリは『この作品で描いたのは国家の検閲ではなく、テレビによる文化の破壊』と2007年のインタビューで答えている。
 
 作者はTVが発明された直後に活字文化の危険性を提唱していた。
思考や心はアナログです。それを文字にするとデジタルになる。
文字を読んだ人間はアナログに変換して脳に記憶する。このときの変換プロセスが全員違うと思っていたほうが良いではあるまいか。

 TVだと映像や音が情報として入ってくる。アナログの情報が入ってくると考えると脳への変換の多くの部分が他人と共有されるのではないか。少なくとも、活字だけと、TVからの脳における共有性は格段にTVが優位であろう。
    TVが評論家の言うように情報統制に貢献することは、北朝鮮をみれば理解できよう。自由が叫ばれている国であっても同じではないか。
 
  かつて、伊丹一三氏がTV番組で実験的な試みをやったことは、私はおおいに評価したい。しかし、視聴率といふバケモノによって番組は終わった。いや、伊丹氏はTVの危険性に気付いていたのかもしれない。だから、映画といふ「フィクション」の世界に身を投じたのだらう
 
  例えば、TVのNEWS番組で不祥事の会見場面がありますよね、あの時マスコミはすでに記事の筋書きを決めて会場に来ているので、容疑者が頭を下げたり、悲しそうな表情になると一斉にフラッシュが焚かれます
  (余談:フラッシュが焚かれる表現は昔マグネシュームを燃やしていたことに由来する。閃光などの表現に変えなければならんのでせうか?)
 伊丹氏は雑誌で深刻な内容の対談をしているときカメラマンが「笑ってください」なんぞとヌカスので 「笑った写真なんぞ載せたら馬鹿野郎だ、お前さん。」 と言い放ち 「終始眉間に皺を寄せてやったら、カメラの奴困ってたぞ」 などとエッセイにあった。
  ついでですが、葬儀に亡くなった人の笑い顔の写真なんか飾るのは止めましょう
 
加藤 周一さんの言葉をもう一度
『 個人の自由な意思が連帯をすすめる。』

 蛇足ですが、マイケル・ムーア監督の映画「華氏911」は、題名をぱくったものです。

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後悔の勧め

NHKプロフェショナル脳学者 茂木さんの言葉より
反省は、過去を振り返ること。
後悔は、未来のために適用力をつけ成長する。
 くよくよ後悔すると、「どうして」と考え成長する。失敗した現実ともしこうしたらと具体的想像を比較することによって、自分の価値観や世界感を変えることが重要なのだ。
  例えば、将棋が終わったあと、初手から感想戦をプロがやっている。お互いにあの時こう指したらなどとやることで、一番勝負が何番にも増え、お互いの身に付いている。
  AかBかの選択をしなけばればならない時に備え後悔したことが生きてくる。
「育てる側も育つ」

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三国志の赤壁の戦いの映画を観た

北京五輪で口パク少女やTV映像にCGを添加したウ~~監督の映画であった。漢字は簡体字でなく習慣的漢字であった。(中国も漢字でもめてるようだ。)
映画は1部の密度の薄さにつづいたもので書物で読まれた方は見ないほうがよい。
制作費は日本からどかっとつぎ込み、もったいないと思った。

日本には優秀、鬼才、才能ある監督があまたいる。
お金が無いので映画が作れない。
配給先がないので映画が作れない。
興行収入が期待できないので映画が作れない。

とにもかくにも映画が作れない。
やがて才能を発揮することなく終焉を迎える。

こうしたことがらは日本人にとって文化を見捨てるといふことであらう。

レベルの低い観客にも責任はある。
TVの劇場版や陳腐かしたシリーズもの、人気役者目当てで観てはならない。
金払って何を見ようが俺の勝手だろうといふ声が聞えてくる。
だから、駄目なのです。「どぶ銭」は。「銭ゲバ」は。
お金さえ払ったら何をしてもいいのでせうか。

家を注文した人を昔は「施主」と言った。
今は言わない。
施は布施行の施である。
施主は職人を育てた。父から聞いた話だが、襖を注文し、出来上がった襖を閉めて「音が違う、やり直せ」 二度目も「まだだめだ、やり直せ」 三度目は「いい音だ、お疲れさん、手間賃は三回分払いますよ」~

銭ゲバさんは三回分払いますか???

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April 14, 2009

お経の「経」は、人生の縦糸

過日、お寺の永代経の後、法話がありました。
若い女性の講師でした。お母様が有名な方でした。Pht
 無着成恭(むちゃく・せいきょう)(子供電話相談室に長年でておられた)さんのお話を優しくお話していただきました。

以下の言い回しは男言葉に変換しました。(だって、女言葉言えないんですもの?~~ゆうとるがな)

お寺は葬式や法事をするためにあるのではない。
人間教育するところだはないでせうか。
「授業」といふことのはは仏教語です。
業を授けるというのは、カルマを悟らせること。だから、「ジュゴウ」という。
(私の法名は「釋浄業」(じょうごう)ですが一発変換できんのです。単語登録しないかん。おっ~と、本題へ戻そう。)

住職になる資格を「教師分限」という。

お経の話をしてるんでした~ね。
「経」は、その人間の人生の縦糸だ。
反物を織る時、機に縦糸を据え付けてから、横糸をギコバタトントンって織っていく。縦糸は織ると見えなくなる。しかも、縦糸は何度も織り機で擦られるが切れてはいけない。横糸は切れても直ぐ繋げるが、(紬は横糸を結んで織るので凹凸ができる。本題へ~)縦糸が切れると織り機を止めなければならない、重要な糸です。
畳も、いい畳かどうかは表面に使われるイグサでは決まらない。中の縦糸で決まる。

その人間がどれだけ偉いかということも表では分からない。その人間が持つ人生の縦糸、経で決まるんだ。

地球儀も経度・緯度がある。国家営の経も、済の経もそうだ。(経済は経世済民を縮めた言葉)

日本人は縦糸をなくしてしまったのではないか。
あなたの家の「家訓」は何ですか?
そんな言葉さえ日本人は忘れちゃったんじゃないですか。
家訓という言葉が死語になってしまったならば、日本は滅びざるを得ないだろうと思います。
ご飯の食べ方はこうだよ、ご先祖さまはこうしてきたんだよということを教えるのが家訓。(NKH甘玉堂の家訓は「一意専心」?額が左から書いてあるのはオカシイと思うのですが~)
家訓とか家伝とか家風があって、その中で育っていくのです。

私たち寺に係わるものが、教えていかなければならないと思っています

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April 13, 2009

良寛さんの続き5~思いやりの心2

良寛さんの再開です。

前回、自分で考えてみよう~~で終わってます。考えましたか?

これが正解かどうかなんて分かりません。 そんなことは「どうでもいい」のです。正解は個人の中に違う思いで、いろんな思いであるのでせう。だから、以下は参考にするだけでいいのだ。Ryokanosho


 現代は「利己主義」が当然の風潮となり、ますます険悪化してきている。
良寛さんが体現して示した「利他主義の美徳」は、何を心の支えとして達成されうるのでしょうか?
 
 例えば、貴方が散歩する道に落ちているゴミを拾うだけでもいい。
人の見ていない早朝もしくは夕方、ペットボトル、空カン、ビニール袋、紙屑などを拾うことを習慣にする。
(人に知られないようにやるのが肝要である。「ボランティアやってます、私って立派でせう。」などの邪心を持ってはならない。それは見栄で傲慢な心です。)

 誰のためというのではない。
  自分のためであり、また世間のためでもある。

  ささやかな充実感を、さらに拡げて新しい喜びとするのが利他行の基本だと思います。
  1人でやりおおせる快感の味を知ること。
  それは、これをやりぬいた者のみが知るこの上ない喜びなのでせう。

イチローが「いきそうになりました」とコメントした~そのなかに「やりおおせた快感を味わった」意味合いが含まれてはいないだろうか。

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April 09, 2009

お葬式~散る桜のもとで~伊丹さんの映画思い出す~

今日、近所で葬儀(告別式と言うのは無宗教のかた)がありました。
葬儀社の進行にしたがって粛々?と、アット~言う間に終わってしまいます。
葬儀の都度、「死は穢れ」と思ってか、仏壇を閉めている家がかなりあります。
私は、浄土真宗なので、亡くなられたお家が真宗なら、仏壇を開けるのですが、長老から「縁起が悪いので閉めろ」と言われたこともあります。
縁起かつぎ、祭壇は部落で取り決めがあったりします。
「仏壇があれば祭壇は不要です。」と葬儀の都度言っているのですが、「アホぬかせ!」と言われます。

去る通夜のとき、若いお坊さんが「本日は仏壇が祭壇で隠されておりますが、祭壇の奥にある『南無阿弥陀仏』が一番大切でございます」と言われました。(仏壇のご本尊を隠して、祭壇なんぞ置くとは何事ぞ!・・・と言いたかったのでしょう。)
 しかし、未だに本山の思いを無視し、葬儀屋のため祭壇を設けています。
 
こうした誤った取り決め、風習を正すのには勇気がいります
変わり者扱いされたり、ケチと言われたりするでしょう。村八分になるかもしれません。覚悟がいるのです。

親鸞さまは「真理とはまことに危うきものです。」と言われました。「愚直になれ」とも言われました。
達磨さまは「不識」と言われました。
吉田拓郎は「ほっといてくれ」と言いました。
赤塚不二男は「それでいいのだ」とパパに言わせてます。

「本物」を追求するとは、厳しき選択なのです。
全体に流されて生きることは容易い。夏目漱石は小説に書いています。その他、懸命に生きた有名、無名の先人たちは苦難の生涯を生きた。
貴方はどちらを選びますか?一度の人生ですよ?

私の友人たちは皆、「本物」「真実」を探しています。だから、皆、変人扱いされています。

以前書いたのもと重複しますが、浄土真宗のさるお寺さんのHPから少し紹介させていただきます。(一部修正加筆あり。ごめんなさい)

友 引
 以前は「とらの日」の葬儀を嫌いましたが、近くでは「友引」に葬式を出してはいけないと信じ込んでいる人がいます。これは単なる語呂あわせにすぎません

 江戸時代に始まった六曜、六輝といった暦によると、友引とは親しい人を死者が引き寄せる日と風評されていますが、根拠になるものは全くありません。

 六曜は、昔の旧暦の月と日の数を加え、その数を六で割って余りが無ければ大安。余りが一ならば赤口。余りが二なら先勝。余りが三なら友引。余りが四なら先負け。余りが五なら仏滅としたものです。

 それによりますと、例えば新暦を旧暦に換え、一二月二七日ならば一二に二七を加えて、三九。三九を六で割って、六余り三で「友引」としました。

未だに、旧暦を使うと云うのも不思議な話です。
 
 六曜は明治六年(一八七三)に法令によつて使用禁止になったが、第二次大戦後目立つようになりました。
*蛇足の長靴*引」は元々「引」と書いていたのを暦屋が勝手に変えたという説もある。

迷 信
 次の事は迷信です。当派にない風習で、むしろ禁止事項です。

①臨終で、仏壇(内仏)を忌明けまで閉じること。
 (死者が出たら仏壇の扉を開けて灯明を点じ、本山から授かった故人の法名札をお飾りして下さい)

②神棚、写真、絵画等を半紙を貼って封じる。
 (神道では死をけがれとみています。このため神棚と御霊舎に帰幽(死去)したことを告げて白紙を貼ります。この慣習が伝えられているもので、死をけがれとみない当派では関わりのないことです)

③遺体に洗米、塩、水を供え、手水をつかう。
 (いずれも、他宗派からのもので、当派では不要です)

④遺体に掛け布団または衣服を逆さに掛け、刃物を置くこと。
 (気にしないのが良いでしょう)

⑤葬儀場入口に位牌を置き、焼香すること。
 (人を差別した名残りです。廃めてほしいと思います)

⑥箸を立てた一膳飯、団子を飾ること。
 (他宗派の習わしです。必要ありません)

⑦香炉に線香を立てること。
 (線香は幾つかに折って倒して置き、燃香して下さい)

⑧棺の中に三角巾、手甲脚絆、草鞋、杖、六文銭を入れる事。
 (何の意味もありません)

⑨遺族が白装束を着、頭にトンボや三角巾をつけること。
 (廃止をお薦めします)
 
位牌と位版
 写真・位牌は昭和になってから飾るようになりました。位牌は中国の儒教で死者に冠位や姓名をつけ、位版と云っていたのが禅宗によって伝えられ、真宗以外で使われるようになったもの。
  葬式が終わったら、遺体と一緒に燃やし下さい。

遺体を拭く湯灌(ゆかん)
 湯灌と云って、盟(たらい)に水を先に入れ、湯を後に入れた逆さ水で遺体を拭いました。今はアルコールやお湯で絞ったガーゼで拭くのが、湯潅に変わりました。
 この際、故人が男性なら髭を剃り、女性なら薄化粧されても良いと思います。
 *蛇足の長靴*元木さんの映画「おくりびと」で納棺師の仕事として有名になりましたが、本来は家族、親類で行ってください。映画でもナレーションでは言ってましたが、あんな田舎では家族でやってるでしょうと思ったのは私だけか?

遺体を運ぶ寝台車いりません。
 寝台車は葬儀社のものです。遺体を運んだ葬儀社が、特権を得たようにして事後の葬式の段取りを行い、不満なまま葬儀が進行した例が幾くつかあります。
 
 赤ちゃんが亡くなつた場合、自家用車で運ぶと同じように、大人でも自家用車で運んでかまいません。
 *蛇足の長靴*私は亡くなった母を後部座席に乗せて家へ帰りました。いまは軽トラしかないので父は荷台に乗せなくては・・・落とさないように・・・・。

犬が散歩散歩散歩~だワンと吼えているので止めまする。

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April 06, 2009

イチロー胃潰瘍になる

私も胃潰瘍になったとき、先輩から「お前も一人前のサラリーマンになったな。」といわれた。
急性胃潰瘍は一夜にしてなると医師がいっていた。また、特殊部隊の訓練(映画ランボーみたいに)で目隠しをして山中に下ろし、1週間ほどかけて目的地点に帰る訓練を終えた隊員は全員胃潰瘍になっているときいた。

以下は私の独断と憶測です。
時系列でみてみよう。

前回のWBC
王監督を世界一にしようとイチローは張り切っていた。韓国戦で負けたときイチローはダッグアウトで「吼えた」。感情を剥き出しのすることは相手に自分の弱点を見せることになるのでヤラナイのがセオリーであるがあれほど感情を顕にした彼を見たのは初めてだった。
しかし、ストレスはそれである程度薄らいだと思う。
1回目のコーチ陣は、今回のように、元監督とか有名選手でなかった。NHKの解説者が多くコーチとなっていた。武田一浩(私が一番好きな解説者)さんのピッチングコーチをはじめ、苦労人が多かった。ちなみに武田さんは先発、中継、クローザーを経験し、数球団を渡り歩いた人。アナウンサーが武田さんに解説を振っても無視したり、突然ゲームと違う話をしたり(そのはなしはゲームの裏づけだったりするのですが)、元GのE氏や元TのK氏などは1球団で選手生命をおえた一流選手ですが、解説は的外れでクドイ。
 話を戻そう
辛うじて、WBCに優勝したが、王監督が癌になった。
癌は10~20年経って細胞が増え続け、検査で分かる段階で宣告される。誰でも、毎日、500個以上の癌細胞ができている。免疫力が高ければ、がん細胞を自分の力で殺している。
不要な細胞を殺すことをアポトーシスといいます。アポトーシスができなくなると、がん、アレルギー、リュウマチ、心筋梗塞などの、体の内側から発病する。
がん細胞などは体のあちこちに散らばっていたやつが集結する場合もあるそうだ。
王監督はそうかもしれない。

そして今回のWBC・・・話が長いぞ。

「WBCのリーダはイチローだ」と不可解な選定方法で監督となった原は言った。
これに、イチローは「巨人の監督はありきたりのことしかいえない。」と彼流の表現でコメントした。
原は「イチローはノーサインでやってもらう。」と言った。
ものすごい重圧をイチローにかけた。お坊ちゃん監督の発言でせう。自分がイチローより作戦においても劣ると明言したのと同じだ。
苦労した監督は絶対にあんな馬鹿げたことを言って選手にプレシャーをかけたりしない。
 NHKの武田さんは「チームプレーですから~?それは~?」とだけ言ってました。
ひどいのになると、「今回のMVPは原監督でしょう」などと公共の電波ではしゃいでた。原監督はMWPだ。

「侍JAPAN」て誰がつけたの?
「侍」の意味分かっているの??
言語的には、貴族に仕えることから「さぶらう」が変化して「さむらい」になった。

精神性については、葉隠の「武士道とは死ぬこととみつけたり」が有名(意味は犬死するな)。
 新渡戸氏の見解は不勉強で書けません。
 代わりに、先日、このブログで述べた部分をコピペします。

『孟子』は 「人みな人に忍びざるの心あり」
  (人間にはだれしも、見るにしのびない、するにしのびない、という思いやりの心がある)という。
 
 「惻隠の心は仁の端なり」
  (人の不幸をいたましく思いやる心は仁という大道の第一歩だ)
 
『孟子』は、他人の不幸への敏感な同情によって、弱者をいたわる美しい心の情緒を言っている。
  そこから、自分の身を挺してでも弱い者を助けろ、弱い者がいじめられているのを見て見ぬふりをするのは卑怯だ、という武士道の「惻隠の情の大切さ」という普遍的な価値感が生まれたのだった。(以上)

「惻隠の情の大切さ」を置き換えると「チームープレ-」が近いのではないか。
なのに、イチローはノーサインなのだ。?? 「犬死せよ!」ってことか。

MLBの岩村について
 かれは万年最下位のRAYSを監督の「9=8」の下、自分の成績を落としてまで若いチームーを纏め、「9=2」までした「侍」だ。
  WBCでは9番でイチローのために「四球」を狙っていた。不振のイチローにバッティングのチャンスを与えるためにだ。あえて、好球を見逃し「四球」を狙っていた。「侍」だ。
  岩村や選手たちはイチローを助けようと動いた。「侍」だ。
 
決勝戦について
 韓国との決着戦である。日本が勝てる自身は私にはなかった。韓国は勝てば兵役免除がある。命がけである。
  大事な試合、捕手は配球で頭が一杯になる。打席に入っても集中できない。城島が4番だった。信じられない。ジョーはバントが上手い。3回スクイズの機会があったがスクイズのサインはなかった。TVの前で「スクイズやれ!」と連呼していた。 3回とも凡打に終わった。2回失敗しても1点は取れたと思う。
談話で「スモール・ベースボール」と監督が言っていたのが空空しく聞えた。

◎9回表 
 イチローのフェンス直撃打で2点リードし、イチローの心に安堵感が芽生えたのではなかろうか?。
◎9回裏 
  杉内が気力充実で投球練習していたら、代打を聞いて、監督がダルに替えた。杉内は表情は変えないが、気の強い薩摩隼人だ。WBCでノーヒットの押さえている杉内を替えた理由が分からない松阪と同期の杉内は悔しそうに走ってベンチ裏へ消えた。多分、大暴れしてたかもしれない?
  韓国ベンチはダルのデータは持っているので、杉内が降りてほくそえんだと思う。作戦どうりだと。予想通り立ち上がりの悪いダルから同点にした。
 
10回
 この時点で日本は負けたと思った。勢いは韓国にある。頬がこけた不調のイチローは9回で完全燃焼してしまったのだから、連続ヒットはないだろう、日本の投手陣はダル以上の選手は残っていない。粘れば韓国有利だと誰しも思った。
  内川がでると韓国は前進守備。岩村はライナーでレフト前へ流石のヒット。イチローを慕う52川﨑がアメリカ戦のラッキーボーイとして代打になるも凡打。
  2死でイチロー。韓国も押さえの切り札。たちまち2ストライク。ベンチからはボール球で歩かせてもよい、そんな指示だったと思う。
  ボール球を投げてもイチローは打ちにくる。明らかにボールを打ちにくる。ワンバンドぎみの球を打ちにくる。そしてボール球をセンター前へ転がしたイチローの心境は貴方はどう思いますか?。
 
  私は「武士道とは死ぬこととみつけたり」をみた想いがしました。
 
  ロスの記者会見で、監督の内容のない挨拶のあと、「神さまが降りてきた」と言ったイチロー。 「 野球にリーダーは要らない」とも言った。
 
  帰国したとき52川﨑がいなかったのが気になった。もしかしてイチローに付いて行ったのか、などと思っていた。
 
  イチローは努力の人だ。常に万全の準備を怠らない。ボール球を当ててボテボテの内野ヒット。目の覚めるようなヒットを目指している人からみたら「そこまでしてヒットが欲しいのか」といわれる。「バットに当ててみろ」とイチローは言い返す。

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April 03, 2009

ローリングスのスタジアム・ジャンパーの31番て?

中古のスタジャン買ったら左腕に31がパッチされていた。
こんなこと気になるよね。~ぬぁに、気にしないって人は病気になりにくい性格です。
まじめな性格の私は病気になりやすいのです
また、頑固な人、素直でない人、いつもしかめっ面している人、笑わない人などは病気になりやすい。


性格から自立神経を興奮させたり、落ち込んだりするとDNAのSW(スイッチ)がOFFになり、免疫力が低下する。
低下した状態で「俺ひょとして癌にならないかな?」 「最近体調が悪いな~?」などと考えてしまうと、ますます免疫力が低下し、本当に病気になります

体の内側から発生する病気の80%は医者では治せないそうだ。
現代医学でも殆どが対処療法で、根本治療ができないのです。

例えば、病院にいって「本当に治るんだらうか?」と思う人は治りません。「絶対治る、治ってやるぞ」と信じている人は、DNAのSWがONになり、対処療法の薬を服用しつつ自己免疫力が向上し、自ら持っている「自然治癒力」が働き、病気が治る可能性が大きい。
「病は気から」と昔から言われていることは科学的に証明できるのです。

またぞろ話が横道に~~これぞ徒然の真髄な~り・・・いい加減でせう。           「それでいいのだ」 Cal_bakada

検索結果は以下のとおり。

デビッド・マーク”デーブ”・ウィンフィールドは、元メジャーリーグの選手。

背番号31

守備は主に外野手。右投げ右打ち。アメリカ・ミネソタ州セントポール出身。アメリカ野球殿堂及びアメリカ大学野球殿堂の会員である。
ゴールドグラブ賞 7回(1979年、1980年、1982年 - 1985年、1987年)受賞している。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』を参照されたい。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%87%E3%83%BC%E3%83%96%E3%83%BB%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%83%B3%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%89

ローリングス・ゴールドグラブ賞は、アメリカMLBの選手表彰のひとつ。

1957年、グラブメーカーのローリングス社が表彰を始める。Img10394602718

バットメーカーのヒラリッチ&ブラズビー社が表彰を行っていたシルバースラッガー賞はゴールドグラブ賞に対する賞として創設された。

ナショナルリーグ・アメリカンリーグの各リーグから、守備に卓越した選手が各ポジション1人ずつ計9人各チームの監督・コーチの投票によって選出される。初年度の1957年のみ各ポジション両リーグから1人ずつの選出、1958年以後は両リーグ各1人(外野は3人)の選出となった。最多受賞はグレッグ・マダックス(投手)の18回。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』を参照されたい。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B4%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%89%E3%82%B0%E3%83%A9%E3%83%96%E8%B3%9E

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良寛さんの続き4~思いやりの心

時には自分を犠牲にして他者のために行動する人がいる。
  一方で、自分の利益のことだけ考え他者をまったく気にかけない人がいる。
  日本は、他者への思いやりを持つ人と持たない人に分断された「思いやり格差社会」に向かいつつあるのではないか。
 
 年金がらみの不祥事、食の偽装、粉飾決算、教員採用試験汚職などは、自分の利益や保身だけに腐心し、被害をうける人のことを考えない生き方にほかならない。
 
  根底にあるのは「思いやり」の欠如だ。
 
 思いやりを育む上で、宗教の貢献は見過ごせない。
  諸宗教が、思いやりの心と実践に関する教えを持っている。
  畏敬の念、仏のご加護で生かされているという感謝の念が人を謙虚にし、自分の命と同様に他者の命も尊重させる。
  「おかげ様」や「恩返し」といった感謝の気持ちが「思いやり行動」の動機ともなるのだ。
 この思いやりの格差は、程度の差こそあるものの、いつの時代にも見られることであって目新しいことではない。
 
  だが、戦後民主主義から経済の高度成長、グローバル化など、自己責任とか効率化が声高になってから、目立つようになってきたと思う。

 誰でもが自分だけの身のやりくりに追われていて、ストレスも多くなり、他人を思いやる心の余裕を失ってしまっている。
 
この「思いやりの心」を価値ある徳の規範として力説したのは『孟子』である。
『孟子』は
 「人みな人に忍びざるの心あり」
  (人間にはだれしも、見るにしのびない、するにしのびない、という思いやりの心がある)という。
 
 「惻隠の心は仁の端なり」
(人の不幸をいたましく思いやる心は仁という大道の第一歩だ)
 
  『孟子』は、他人の不幸への敏感な同情によって、弱者をいたわる美しい心の情緒を言っている。
 
  そこから、自分の身を挺してでも弱い者を助けろ、弱い者がいじめられているのを見て見ぬふりをするのは卑怯だ、という武士道の「惻隠の情の大切さ」という普遍的な価値感が生まれたのだった。
 
 お天道さまが見ているではないか、と卑怯を憎む心と惻隠の大切さを忘れた現代人。
  しかし、日本人は、思いやりの心の大切さを忘れていたわけではない。かつて、外国人は高く評価している。
  しかし、時にふれ、自覚するように心掛けていないと、利己主義の世間の波の奔流に流されてしまう。
 
  良寛さんは思いやりの極北を生きた人である。
 
  良寛さんは、深くあわれんで心に悲しむという「惻隠の情」は、むしろ「慈悲の心」に変貌している。
 
 良寛が乙子草庵にあったころ、天然痘が流行して多くの子どもが亡くなった。
阿部定珍が子を失って呆然としているのを見て、こんな歌を贈った。
『世の中の 玉も黄金も 何かせむ ひとりある子に 別れぬる身は』
 (この世の中にある高価な玉も黄金も、何になろうか。ただ一人の子どもに死に別れてしまった私の身にとっては何にもならない。)

 『嘆けども 詮なきものを 懲りもせで またも涙の せきくるはなぞ』
 (亡くなった子どものことを嘆いても何のかいもないのに、それがわかっていながら懲りもしないで、また子どもを思って涙がこみあげてくるのは、どうしたことか。)
 
原田正貞の子も亡くなっている。
 『あづさ弓 春も春とも 思ほえず 過ぎにし子らが ことを思(おも)へば』
 (あづさ弓、は「春」の枕詞。)
  (春になっても、とても春だとは思われない。亡くなった多くの子どもたちのことを思へば。)

 
 『人の子の 遊ぶを見れば にはたづみ 流るる涙 とどめかねつも』
 (よその家の子どもが元気で遊んでいるのを見ると、亡くなった自分の子どものことが思い出されて、流れる涙をおさえることができないよ。)
  (にはたづみ、は「流るる」の枕詞。)

 
  子どもは正貞の子であるが、良寛にとっては自分の子と同然であった。
 
 正貞の子への歌はつづく。
 『もの思ひ すべなき時は うち出でて 古野に生ふる 薺をぞ摘む』
 (亡くなった子どものことが思い出され、悲しみでどうしようもない時は、子どもが遊んでいたなじみの野原に行き、そこに生えているナズナを摘んで心を慰めることだ。)
 
 良寛さんの嘆きと悲しみようを知るほどに、見方によってはまことに大仰な「偽善」と思う人もあろう
そう思うほど現代は、「思いやり」の欠如が感じられる。
 
良寛さんの信念とは?皆で考えよう。(つづく)

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