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2009年4月16日 (木曜日)

加藤 周一さんの言葉

行動に繋がるのが「情熱」
個人の自由な意思が連帯をすすめる。
全体に流されるのではなく、自分で考えて欲しい。
閉塞感に覆われた時代こそ、小さな絶望的爆発が求められている。

 昨日NHK BSで放映されたフランソワ・トリュフォー監督の映画「華氏451」(1966年製作)を再度観た。 原作は、レイ・ブラッドベリによって1953年に書かれたSF小説である。

 本の所持や読書が禁じられた、架空の社会における人間模様を描いた作品で、題名は紙が燃え始める温度(華氏451度≒摂氏233度)を意味している。
  「現実に存在する情報統制や言論弾圧あるいは焚書の危険性を、フィクションを通して告発したもの」と評する者が多いが
 作者のブラッドベリは『この作品で描いたのは国家の検閲ではなく、テレビによる文化の破壊』と2007年のインタビューで答えている。
 
 作者はTVが発明された直後に活字文化の危険性を提唱していた。
思考や心はアナログです。それを文字にするとデジタルになる。
文字を読んだ人間はアナログに変換して脳に記憶する。このときの変換プロセスが全員違うと思っていたほうが良いではあるまいか。

 TVだと映像や音が情報として入ってくる。アナログの情報が入ってくると考えると脳への変換の多くの部分が他人と共有されるのではないか。少なくとも、活字だけと、TVからの脳における共有性は格段にTVが優位であろう。
    TVが評論家の言うように情報統制に貢献することは、北朝鮮をみれば理解できよう。自由が叫ばれている国であっても同じではないか。
 
  かつて、伊丹一三氏がTV番組で実験的な試みをやったことは、私はおおいに評価したい。しかし、視聴率といふバケモノによって番組は終わった。いや、伊丹氏はTVの危険性に気付いていたのかもしれない。だから、映画といふ「フィクション」の世界に身を投じたのだらう
 
  例えば、TVのNEWS番組で不祥事の会見場面がありますよね、あの時マスコミはすでに記事の筋書きを決めて会場に来ているので、容疑者が頭を下げたり、悲しそうな表情になると一斉にフラッシュが焚かれます
  (余談:フラッシュが焚かれる表現は昔マグネシュームを燃やしていたことに由来する。閃光などの表現に変えなければならんのでせうか?)
 伊丹氏は雑誌で深刻な内容の対談をしているときカメラマンが「笑ってください」なんぞとヌカスので 「笑った写真なんぞ載せたら馬鹿野郎だ、お前さん。」 と言い放ち 「終始眉間に皺を寄せてやったら、カメラの奴困ってたぞ」 などとエッセイにあった。
  ついでですが、葬儀に亡くなった人の笑い顔の写真なんか飾るのは止めましょう
 
加藤 周一さんの言葉をもう一度
『 個人の自由な意思が連帯をすすめる。』

 蛇足ですが、マイケル・ムーア監督の映画「華氏911」は、題名をぱくったものです。

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