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2009年10月 8日 (木曜日)

科学と宗教の両立

 科学的に宗教の理解や説明ができうる可能性があるのではないかと考えております。
 科学はまだまだ未熟であり、自然界も人間の身体さえもほんの一部しか解明できておりません。 しかし、150年ほど前から社会は科学崇拝主義に陥っており、科学で証明できないものは信じない人が増えています。宗教の一部でも科学的に説明できれば、宗教を否定する人も減るのではないか。あるいは、宗教に関心を持つのではないかと思っております。この方面からも探求しようと思っております。
 
「科学教」の妄信者は「科学的でない」という理由で排他的になり、結果として心を失ってしまったのが現在ではないでしょうか。
 しかし、最近、科学は急速な進歩をみせ、2003年ヒトゲノムの解読がされました。それらから、死を科学の視点で捉え始めて、倫理学にまで影響を与えております。
  科学を通して「死」を問いかけ、宗教と科学の両立が出来るのではないかと考えております。
 
  例えば、DNAについて
  地球誕生から38億年前に大腸菌などの細菌が生まれた。細菌は増殖のみ繰り返し、死の遺伝子が無いため死ぬことは無い。細菌はそういう選択肢を選んだのでしょう。
  他の生物は「有性生殖」を選択した。植物ならば、オシベと雌蕊。動物なら雌雄。この選択は、雌雄の遺伝子が組み合わさり、地球の環境に合っているものや合っていないものが生まれる。種類を増やし、環境適用を図れるメリットがあるかわり、不適用な物は死ななければならないこととなった。多様化の代償として死の遺伝子を持ったのです。
生物は長く生きていると遺伝子に傷がつき、破壊細胞から細胞にたいして死ねと命令があり、その細胞は自己点検し、死ぬと判断したときは細胞内の2つの酵素で自殺します。これを「アポトーシス」といいます。人は毎日300億個の細胞がアポトーシスしています。代わりの細胞は細胞分裂によって作られております。しかし、加齢とともに新陳代謝が衰え、60兆の細胞は減っていきます。これが追いつかなくなったり、あまりにもキズついた細胞が増えすぎると、子孫にキズついた遺伝子を渡すこととなるので、細胞の集団である固体のアポトーシスを選択します。科学的にはそれが人の死です。
 人の遺伝子には寿命がかかれてあり、120~140歳と書かれています。病気にならなかったと仮定すると、DNAの寿命年令まで元気に生きて、その日が訪れるとポックリ死ぬのだそうです。
  生物進化の過程で、死があるが、より環境適応した子孫を残せる選択をしたのが植物や動物です。もちろん人も含まれています。
  以上は高校生物で教えています。

DNA研究の世界的権威の学者の話を少し紹介します。

人のDNAは32億の組み合わせでできており、新陳代謝により約1年で体中の60兆の細胞が入れ替わっています。しかも、60兆の細胞は、調和し、それぞれ自律的な生命を営みながら、お互い助け合って組織をつくり、臓器をつくって固体を生かしています。同じDNAを持ちながら役割分担しヒトをつくりあげているのです。
 ヒト固体のDNAは99.5%は同じです。人間は最大0.5%違うだけなのです。
生命維持のためタンパク質を細胞内で作ります。それら生命活動に必要なDNAは2%しかみつかっておりません。あとの98%は何の働きもしていないのではないかと科学では今のところ説明できません。
 しかし、生命の進化は宇宙の誕生からの申し子であり、生物は皆、宇宙開闢以来の137億年の歴史を引継ぎ背負っており、命があるということは、「唯我独尊」といえる重みがあるのです。
 ヒトは自分の身体を己のものだと思っているかもしれませんが、実は、すべてが大自然からの借り物かもしれません。それは、死んで土や大気に還っていきます。そういう意味では「死んだら終わり」ではなく、命はグルグルと永遠に回り続けている可能性があります。それを回しているのがDNAです。
 驚愕に値する膨大かつ精巧なDNAをいったい誰がどのようにして書いたのか。
 目的も無く自然にできあがったとしたら、これだけ意味のある情報にはないえないと思うのです。
膨大なDNA情報を極微な空間に書き込み、しかも、それを正確に一切の休みなく作動させているDNAとは、奇跡としかいいようがなく、人間の理性や知性をはるかに超えたものの働きによって誕生したと考えるしかありません。私はそれを「偉大なる何者か」=「サムシング・グレ-ト」と呼んでいます。そう考えてみると、私たちには何事が起こっているのかと思うのです。これは「生きている」というようなものでなくて「生かされている」としか言いようがありません。
これは、科学の原理を超えた、生命の奇跡といえるでしょう。

「サムシング・グレ-ト」にかなった生き方とは、
①つつしみの心を持つ
   節度、調和、おかげさま・・・
②愚直に生きる
   目先の利益・効率・こざかしい知恵・駆け引き・私利私欲・驕り・増長・攻撃性・支配性・・・を捨てる。

 WBCの決勝打について聞かれたイチローは「神が降りて来た」と発言していました。 遺伝学者は、「自分の信念をどこまでも貫き通し、努力を続けるとき、天はその人に味方するのです。思いが遺伝子の働きを変えるのです。楽しい、うれしい、喜び、感動、信念、祈りなどによって、よい遺伝子がオンになるのだと思います。
 また、苦しみも、それを乗り越えようとする強い意志を持てば、遺伝子をオンにできます。 それも、自分のためだけでなく他のためであればよりオンのなるでしょう。」と明言しています。
 また、「サムシング・グレ-トが人に猿との理性という差をつけるために与えたわずかな遺伝子情報の差に託した思いを考え追求し、サムシング・グレ-トの使命に応える生き方をしてもらいたい。」とも語っています。

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