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2009年4月 9日 (木曜日)

お葬式~散る桜のもとで~伊丹さんの映画思い出す~

今日、近所で葬儀(告別式と言うのは無宗教のかた)がありました。
葬儀社の進行にしたがって粛々?と、アット~言う間に終わってしまいます。
葬儀の都度、「死は穢れ」と思ってか、仏壇を閉めている家がかなりあります。
私は、浄土真宗なので、亡くなられたお家が真宗なら、仏壇を開けるのですが、長老から「縁起が悪いので閉めろ」と言われたこともあります。
縁起かつぎ、祭壇は部落で取り決めがあったりします。
「仏壇があれば祭壇は不要です。」と葬儀の都度言っているのですが、「アホぬかせ!」と言われます。

去る通夜のとき、若いお坊さんが「本日は仏壇が祭壇で隠されておりますが、祭壇の奥にある『南無阿弥陀仏』が一番大切でございます」と言われました。(仏壇のご本尊を隠して、祭壇なんぞ置くとは何事ぞ!・・・と言いたかったのでしょう。)
 しかし、未だに本山の思いを無視し、葬儀屋のため祭壇を設けています。
 
こうした誤った取り決め、風習を正すのには勇気がいります
変わり者扱いされたり、ケチと言われたりするでしょう。村八分になるかもしれません。覚悟がいるのです。

親鸞さまは「真理とはまことに危うきものです。」と言われました。「愚直になれ」とも言われました。
達磨さまは「不識」と言われました。
吉田拓郎は「ほっといてくれ」と言いました。
赤塚不二男は「それでいいのだ」とパパに言わせてます。

「本物」を追求するとは、厳しき選択なのです。
全体に流されて生きることは容易い。夏目漱石は小説に書いています。その他、懸命に生きた有名、無名の先人たちは苦難の生涯を生きた。
貴方はどちらを選びますか?一度の人生ですよ?

私の友人たちは皆、「本物」「真実」を探しています。だから、皆、変人扱いされています。

以前書いたのもと重複しますが、浄土真宗のさるお寺さんのHPから少し紹介させていただきます。(一部修正加筆あり。ごめんなさい)

友 引
 以前は「とらの日」の葬儀を嫌いましたが、近くでは「友引」に葬式を出してはいけないと信じ込んでいる人がいます。これは単なる語呂あわせにすぎません

 江戸時代に始まった六曜、六輝といった暦によると、友引とは親しい人を死者が引き寄せる日と風評されていますが、根拠になるものは全くありません。

 六曜は、昔の旧暦の月と日の数を加え、その数を六で割って余りが無ければ大安。余りが一ならば赤口。余りが二なら先勝。余りが三なら友引。余りが四なら先負け。余りが五なら仏滅としたものです。

 それによりますと、例えば新暦を旧暦に換え、一二月二七日ならば一二に二七を加えて、三九。三九を六で割って、六余り三で「友引」としました。

未だに、旧暦を使うと云うのも不思議な話です。
 
 六曜は明治六年(一八七三)に法令によつて使用禁止になったが、第二次大戦後目立つようになりました。
*蛇足の長靴*引」は元々「引」と書いていたのを暦屋が勝手に変えたという説もある。

迷 信
 次の事は迷信です。当派にない風習で、むしろ禁止事項です。

①臨終で、仏壇(内仏)を忌明けまで閉じること。
 (死者が出たら仏壇の扉を開けて灯明を点じ、本山から授かった故人の法名札をお飾りして下さい)

②神棚、写真、絵画等を半紙を貼って封じる。
 (神道では死をけがれとみています。このため神棚と御霊舎に帰幽(死去)したことを告げて白紙を貼ります。この慣習が伝えられているもので、死をけがれとみない当派では関わりのないことです)

③遺体に洗米、塩、水を供え、手水をつかう。
 (いずれも、他宗派からのもので、当派では不要です)

④遺体に掛け布団または衣服を逆さに掛け、刃物を置くこと。
 (気にしないのが良いでしょう)

⑤葬儀場入口に位牌を置き、焼香すること。
 (人を差別した名残りです。廃めてほしいと思います)

⑥箸を立てた一膳飯、団子を飾ること。
 (他宗派の習わしです。必要ありません)

⑦香炉に線香を立てること。
 (線香は幾つかに折って倒して置き、燃香して下さい)

⑧棺の中に三角巾、手甲脚絆、草鞋、杖、六文銭を入れる事。
 (何の意味もありません)

⑨遺族が白装束を着、頭にトンボや三角巾をつけること。
 (廃止をお薦めします)
 
位牌と位版
 写真・位牌は昭和になってから飾るようになりました。位牌は中国の儒教で死者に冠位や姓名をつけ、位版と云っていたのが禅宗によって伝えられ、真宗以外で使われるようになったもの。
  葬式が終わったら、遺体と一緒に燃やし下さい。

遺体を拭く湯灌(ゆかん)
 湯灌と云って、盟(たらい)に水を先に入れ、湯を後に入れた逆さ水で遺体を拭いました。今はアルコールやお湯で絞ったガーゼで拭くのが、湯潅に変わりました。
 この際、故人が男性なら髭を剃り、女性なら薄化粧されても良いと思います。
 *蛇足の長靴*元木さんの映画「おくりびと」で納棺師の仕事として有名になりましたが、本来は家族、親類で行ってください。映画でもナレーションでは言ってましたが、あんな田舎では家族でやってるでしょうと思ったのは私だけか?

遺体を運ぶ寝台車いりません。
 寝台車は葬儀社のものです。遺体を運んだ葬儀社が、特権を得たようにして事後の葬式の段取りを行い、不満なまま葬儀が進行した例が幾くつかあります。
 
 赤ちゃんが亡くなつた場合、自家用車で運ぶと同じように、大人でも自家用車で運んでかまいません。
 *蛇足の長靴*私は亡くなった母を後部座席に乗せて家へ帰りました。いまは軽トラしかないので父は荷台に乗せなくては・・・落とさないように・・・・。

犬が散歩散歩散歩~だワンと吼えているので止めまする。

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2009年4月 6日 (月曜日)

イチロー胃潰瘍になる

私も胃潰瘍になったとき、先輩から「お前も一人前のサラリーマンになったな。」といわれた。
急性胃潰瘍は一夜にしてなると医師がいっていた。また、特殊部隊の訓練(映画ランボーみたいに)で目隠しをして山中に下ろし、1週間ほどかけて目的地点に帰る訓練を終えた隊員は全員胃潰瘍になっているときいた。

以下は私の独断と憶測です。
時系列でみてみよう。

前回のWBC
王監督を世界一にしようとイチローは張り切っていた。韓国戦で負けたときイチローはダッグアウトで「吼えた」。感情を剥き出しのすることは相手に自分の弱点を見せることになるのでヤラナイのがセオリーであるがあれほど感情を顕にした彼を見たのは初めてだった。
しかし、ストレスはそれである程度薄らいだと思う。
1回目のコーチ陣は、今回のように、元監督とか有名選手でなかった。NHKの解説者が多くコーチとなっていた。武田一浩(私が一番好きな解説者)さんのピッチングコーチをはじめ、苦労人が多かった。ちなみに武田さんは先発、中継、クローザーを経験し、数球団を渡り歩いた人。アナウンサーが武田さんに解説を振っても無視したり、突然ゲームと違う話をしたり(そのはなしはゲームの裏づけだったりするのですが)、元GのE氏や元TのK氏などは1球団で選手生命をおえた一流選手ですが、解説は的外れでクドイ。
 話を戻そう
辛うじて、WBCに優勝したが、王監督が癌になった。
癌は10~20年経って細胞が増え続け、検査で分かる段階で宣告される。誰でも、毎日、500個以上の癌細胞ができている。免疫力が高ければ、がん細胞を自分の力で殺している。
不要な細胞を殺すことをアポトーシスといいます。アポトーシスができなくなると、がん、アレルギー、リュウマチ、心筋梗塞などの、体の内側から発病する。
がん細胞などは体のあちこちに散らばっていたやつが集結する場合もあるそうだ。
王監督はそうかもしれない。

そして今回のWBC・・・話が長いぞ。

「WBCのリーダはイチローだ」と不可解な選定方法で監督となった原は言った。
これに、イチローは「巨人の監督はありきたりのことしかいえない。」と彼流の表現でコメントした。
原は「イチローはノーサインでやってもらう。」と言った。
ものすごい重圧をイチローにかけた。お坊ちゃん監督の発言でせう。自分がイチローより作戦においても劣ると明言したのと同じだ。
苦労した監督は絶対にあんな馬鹿げたことを言って選手にプレシャーをかけたりしない。
 NHKの武田さんは「チームプレーですから~?それは~?」とだけ言ってました。
ひどいのになると、「今回のMVPは原監督でしょう」などと公共の電波ではしゃいでた。原監督はMWPだ。

「侍JAPAN」て誰がつけたの?
「侍」の意味分かっているの??
言語的には、貴族に仕えることから「さぶらう」が変化して「さむらい」になった。

精神性については、葉隠の「武士道とは死ぬこととみつけたり」が有名(意味は犬死するな)。
 新渡戸氏の見解は不勉強で書けません。
 代わりに、先日、このブログで述べた部分をコピペします。

『孟子』は 「人みな人に忍びざるの心あり」
  (人間にはだれしも、見るにしのびない、するにしのびない、という思いやりの心がある)という。
 
 「惻隠の心は仁の端なり」
  (人の不幸をいたましく思いやる心は仁という大道の第一歩だ)
 
『孟子』は、他人の不幸への敏感な同情によって、弱者をいたわる美しい心の情緒を言っている。
  そこから、自分の身を挺してでも弱い者を助けろ、弱い者がいじめられているのを見て見ぬふりをするのは卑怯だ、という武士道の「惻隠の情の大切さ」という普遍的な価値感が生まれたのだった。(以上)

「惻隠の情の大切さ」を置き換えると「チームープレ-」が近いのではないか。
なのに、イチローはノーサインなのだ。?? 「犬死せよ!」ってことか。

MLBの岩村について
 かれは万年最下位のRAYSを監督の「9=8」の下、自分の成績を落としてまで若いチームーを纏め、「9=2」までした「侍」だ。
  WBCでは9番でイチローのために「四球」を狙っていた。不振のイチローにバッティングのチャンスを与えるためにだ。あえて、好球を見逃し「四球」を狙っていた。「侍」だ。
  岩村や選手たちはイチローを助けようと動いた。「侍」だ。
 
決勝戦について
 韓国との決着戦である。日本が勝てる自身は私にはなかった。韓国は勝てば兵役免除がある。命がけである。
  大事な試合、捕手は配球で頭が一杯になる。打席に入っても集中できない。城島が4番だった。信じられない。ジョーはバントが上手い。3回スクイズの機会があったがスクイズのサインはなかった。TVの前で「スクイズやれ!」と連呼していた。 3回とも凡打に終わった。2回失敗しても1点は取れたと思う。
談話で「スモール・ベースボール」と監督が言っていたのが空空しく聞えた。

◎9回表 
 イチローのフェンス直撃打で2点リードし、イチローの心に安堵感が芽生えたのではなかろうか?。
◎9回裏 
  杉内が気力充実で投球練習していたら、代打を聞いて、監督がダルに替えた。杉内は表情は変えないが、気の強い薩摩隼人だ。WBCでノーヒットの押さえている杉内を替えた理由が分からない松阪と同期の杉内は悔しそうに走ってベンチ裏へ消えた。多分、大暴れしてたかもしれない?
  韓国ベンチはダルのデータは持っているので、杉内が降りてほくそえんだと思う。作戦どうりだと。予想通り立ち上がりの悪いダルから同点にした。
 
10回
 この時点で日本は負けたと思った。勢いは韓国にある。頬がこけた不調のイチローは9回で完全燃焼してしまったのだから、連続ヒットはないだろう、日本の投手陣はダル以上の選手は残っていない。粘れば韓国有利だと誰しも思った。
  内川がでると韓国は前進守備。岩村はライナーでレフト前へ流石のヒット。イチローを慕う52川﨑がアメリカ戦のラッキーボーイとして代打になるも凡打。
  2死でイチロー。韓国も押さえの切り札。たちまち2ストライク。ベンチからはボール球で歩かせてもよい、そんな指示だったと思う。
  ボール球を投げてもイチローは打ちにくる。明らかにボールを打ちにくる。ワンバンドぎみの球を打ちにくる。そしてボール球をセンター前へ転がしたイチローの心境は貴方はどう思いますか?。
 
  私は「武士道とは死ぬこととみつけたり」をみた想いがしました。
 
  ロスの記者会見で、監督の内容のない挨拶のあと、「神さまが降りてきた」と言ったイチロー。 「 野球にリーダーは要らない」とも言った。
 
  帰国したとき52川﨑がいなかったのが気になった。もしかしてイチローに付いて行ったのか、などと思っていた。
 
  イチローは努力の人だ。常に万全の準備を怠らない。ボール球を当ててボテボテの内野ヒット。目の覚めるようなヒットを目指している人からみたら「そこまでしてヒットが欲しいのか」といわれる。「バットに当ててみろ」とイチローは言い返す。

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