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2009年4月17日 (金曜日)

仕事学のすすめ を観よう

NHK 木曜22:25~22:50(教育TV)
再放送 翌週の5:35~6:00(教育TV)

に放送している「仕事学のすすめ」から組織の突破口を見つけ、実践して欲しい。

4月は「人心巻きこみ力」が4回。昨日3回目の放送あり。
再放送または有料のオンデマンドまたはNHK出版から4~5月の本が690円で買ってください。
5月は販売論で東京日産販売の女性社長 林 文子さんです。

4月は藤巻幸夫 FUJIMAKI YukioFujikmakiyukio
1960年東京生まれ。上智大学卒業後、伊勢丹に入社。「解放区」「リ・スタイル」「BPQC」などを立ち上げ、カリスマバイヤーとして知られる。
2000年伊勢丹を退職し、アパレル会社を経て、2003年福助社長へ再建のため就任。
2005年セブン&アイ生活デザイン研究所社長、イトーヨーカ堂取締役執行役員衣料事業部長兼任。
その後独立し2008年2月フジマキ・ジャパン代表取締役副社長。
ブランドプロデューサーとして講演会やテレビのコメンテーターなど幅広い分野で活躍。著書には「志マーケティングのすすめ」「自分ブランドの教科書」「人脈の教科書」等、多数

第1回 「自分ブランド」をつくれ
第2回 「人脈」が仕事を変える
第3回 実録「熱い組織」のつくり方
第4回 「志」を忘れるな 。

人事のやりかたも独特で、優秀な奴が上になるとは限らない。単純で熱い奴が上になり、その下に冷静で静な奴を配置する。
あるいは、給与と地位は関係なく人事を行う。若い女性が上になり、給料の高い年配者が下になるが、上になったからといって給料は上がらない。
優秀な人間だけでは摩擦が起こる。潤滑油となる人間も必要だ。
個人の個性に合った配置を行い、そのサポートをきっちりTOPがやる。取引先ごとの性格分析までやり、それに合った性格の人を担当にするなど、きめ細かい人事をやり、組織が一体となる。

私がいた組織の人事とは比較にならない細やかさである。だから、社長は社長室に30分しかいない。動き回っている。夕食を家で食べるのは年に1~2回だ。

NHKのサイト
http://www.nhk.or.jp/shiruraku/thu/index.html

ここから 藤巻さんのHPへリンクしている。

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2009年4月16日 (木曜日)

ベスト電器DMに障害者用の料金で2億円浮かす

特捜が数社に入った。
通販会社、ベスト電器、日本郵便、ほか数社に例のダンボール箱を持って同時調査。
障害者用の軽減郵便料金を利用した疑い。

いつも、いつまでたっても、銭ゲバ犯罪が絶えることは無い
国が貧しい人、弱者に手を差し伸べると、悪用する輩たちは、なにを信条として生きているのだろうか?
前にも書いたが、「三方よし」の精神さえ守っていれば、正直に愚直に生きていける。さらに、良寛さんのごとき清貧さえ良しとする境地さえある。

一方で、自殺者が3万人を切ることなく増え続ける。半数が経済的理由で自殺している。いじめ、うつ、病、などが理由で自殺している。
宗教は「自殺は罪である」と説いている。「生きるとは 死ぬときまで 生きること」と説かれても、その日の糧が必要なのです

自殺より戦争が・紛争が怖い。突然死ぬのだから。

釈迦は「生・病・老・死」を四苦と言った。
人はこれらを考えまいとする。向き合うのが嫌なのです。怖いのです。
しかし、DNAにはっきりと寿命がかかれています。DNAの設計図まで生きることは至難の技です。DNAには120~140歳で死ぬとかかれています。その年令まで元気で生き、時間が来ればコロリと死ぬのが理想です。

絶対に逃れない「死」を真剣に、真摯に考え、「生きるとはなにか」を見つけ出そうではありませんか

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イチロー張本氏と並ぶHを満塁HRで飾る

4月15日(日本は16日)はジャッキー・ロビンソン記念日で全員背番号42をつけ、張本氏がネット裏で観戦する中、イチローはDL明けのMLBデビュー戦となった。
CF前のヒットとフルカウントからの満塁ホームラン張本氏と並んだ
 ピッチャー足元を抜けるゴロがセカンドカバーに入った相手二塁手のグラブに入り一塁転送しセーフと思えたが審判はOUTを宣告、監督が抗議するも認められず。VTRで見る限り同時にみえた。一本ヒットを損した。あるいは投手が捕っていれば多分セーフだったが、MLBの投手はマダックス(精密機械といわれ、ゴールド・グラブ賞18回)以外は投げた後、9人目の野手にならない。
そのあと満塁HRなら、張本氏の記録更新をHRで飾ることとなると、「ついてますね」になるのだが。
イチローはチームが5連勝と順調にきているなかで、「チ-ムの空気に馴染めるか心配でした。チームが勝てて嬉しいです。HRは当てるのが一杯ですよ」と彼流の言葉で語った。

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MLB全員が背番号「42」 J・ロビンソン記念日

「4月15日はジャッキー・ロビンソンの日」 Jackie

米大リーグは、黒人初の大リーガー、ジャッキー・ロビンソンのデビュー記念日の15日(日本時間16日)に選手、コーチ陣、審判員の全員がロビンソンの背番号だった「42」をつけると発表した

 これまで記念日は「だれでも42をつけて良い」とされ、昨年は300人以上が「42」をつけた。 コミッショナーは「全員が42をつけ、彼の偉大な功績を忘れないことを示したい」と呼び掛け、初めてグラウンドの全員が「42」をつけることになった 当日はメッツの本拠地シティ・フィールドを中心に各球場で式典が行われる。着用したユニホームはオークションにかけられ、収益金が「ジャッキー・ロビンソン基金」に寄付される。

 「42」は現在、全球団の永久欠番だが、ヤンキースのリベラ投手は例外としてつけている。また、日本に来た外人は42番が多い。日本人は42が「しに⇒死」を連想させるので嫌がっているため、日本では42が欠番になり、「ジャッキー・ロビンソン」を知ってる外人選手は喜んで42番をつける。

 1947年4月15日、メジャーリーグ史上初の「黒人選手」がデビューした。彼の名は「ジャッキー・ロビンソン」。彼が人種差別の壁を破らなければ現在の、バリー・ボンズや、サミー・ソーサも、メジャー記録の「755本塁打」を放ったハンク・アーロンもいなかった。
 
 現在はロサンゼルスを本拠地としているドジャースが、ニューヨークのブルックリンに本拠地を置いていた、ブルックリン・ドジャースに入団したジャッキーだったが、ジャッキーが入団した事で、黒人の選手とはプレイ出来ないと、数人の白人選手はチームを後にした。さらに相手チーム、ファンからも心無い野次が浴びせられ、対戦相手からは対戦拒否と、人種差別は想像を絶していました。(当時、黒人だけのニグロリーグがあった。なかには600勝以上した投手もいた。)
 
 故意のスパイクでユニフォームが裂け流血した事もありましたが、ジャッキーは常に紳士的な態度をとり、プレイで周囲を黙らせていきました。世論もそんなジャッキーを徐々に認めていきました。1年目のこのシーズンは、2割9分7厘、12本塁打、29盗塁でこの年から制定された新人王に選ばれました。現在新人王が「ジャッキー・ロビンソン賞」と言われる由縁は初代新人王がジャッキーだったことからきています。
 
 もちろんジャッキー1人の力では、人種差別の壁は破れなかったと思います。周囲の反対をよそに契約を推し進めたドジャースの当時オーナー、「ブランチ・リッキー」、オーナー会議で15対1で反対されながら、ジャッキーがプレイする事にGOサインを出した、当時のコミッショナー、「ハッピー・チャンドラー」、対戦拒否の場合は出場停止処分に処すと強硬な態度を貫いた、当時のナショナルリーグ会長「フォード・フリック」、彼らの内1人でもいなかったら、ジャッキーをはじめ、黒人選手がメジャーリーグでプレイする事はなかったかもしれません。
 
 1997年4月15日、ジャッキー・ロビンソンがデビューして50周年のこの日、ドジャースvsメッツ(ブルックリンに本拠地)のゲームで5回終了後、当時のアメリカ大統領、「クリントン大統領」が記念式典に参加し次の言葉を残しました、「すべてのアメリカ人は、ジャッキーに感謝しよう。彼のおかげで、アメリカはより強く豊かな国になれた。次の世代の明るい未来のために、彼の遺産を大切にしていこう」と。
 
 1962年には殿堂入りし、さらにジャッキーのつけていた背番号「42」は、ジャッキー・ロビンソンがデビューして50周年目の1997年4月15日にメジャー全チームで永久欠番になりました(永久欠番になる前から42番を付けていた選手は継続使用が許可されています)。 

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加藤 周一さんの言葉

行動に繋がるのが「情熱」
個人の自由な意思が連帯をすすめる。
全体に流されるのではなく、自分で考えて欲しい。
閉塞感に覆われた時代こそ、小さな絶望的爆発が求められている。

 昨日NHK BSで放映されたフランソワ・トリュフォー監督の映画「華氏451」(1966年製作)を再度観た。 原作は、レイ・ブラッドベリによって1953年に書かれたSF小説である。

 本の所持や読書が禁じられた、架空の社会における人間模様を描いた作品で、題名は紙が燃え始める温度(華氏451度≒摂氏233度)を意味している。
  「現実に存在する情報統制や言論弾圧あるいは焚書の危険性を、フィクションを通して告発したもの」と評する者が多いが
 作者のブラッドベリは『この作品で描いたのは国家の検閲ではなく、テレビによる文化の破壊』と2007年のインタビューで答えている。
 
 作者はTVが発明された直後に活字文化の危険性を提唱していた。
思考や心はアナログです。それを文字にするとデジタルになる。
文字を読んだ人間はアナログに変換して脳に記憶する。このときの変換プロセスが全員違うと思っていたほうが良いではあるまいか。

 TVだと映像や音が情報として入ってくる。アナログの情報が入ってくると考えると脳への変換の多くの部分が他人と共有されるのではないか。少なくとも、活字だけと、TVからの脳における共有性は格段にTVが優位であろう。
    TVが評論家の言うように情報統制に貢献することは、北朝鮮をみれば理解できよう。自由が叫ばれている国であっても同じではないか。
 
  かつて、伊丹一三氏がTV番組で実験的な試みをやったことは、私はおおいに評価したい。しかし、視聴率といふバケモノによって番組は終わった。いや、伊丹氏はTVの危険性に気付いていたのかもしれない。だから、映画といふ「フィクション」の世界に身を投じたのだらう
 
  例えば、TVのNEWS番組で不祥事の会見場面がありますよね、あの時マスコミはすでに記事の筋書きを決めて会場に来ているので、容疑者が頭を下げたり、悲しそうな表情になると一斉にフラッシュが焚かれます
  (余談:フラッシュが焚かれる表現は昔マグネシュームを燃やしていたことに由来する。閃光などの表現に変えなければならんのでせうか?)
 伊丹氏は雑誌で深刻な内容の対談をしているときカメラマンが「笑ってください」なんぞとヌカスので 「笑った写真なんぞ載せたら馬鹿野郎だ、お前さん。」 と言い放ち 「終始眉間に皺を寄せてやったら、カメラの奴困ってたぞ」 などとエッセイにあった。
  ついでですが、葬儀に亡くなった人の笑い顔の写真なんか飾るのは止めましょう
 
加藤 周一さんの言葉をもう一度
『 個人の自由な意思が連帯をすすめる。』

 蛇足ですが、マイケル・ムーア監督の映画「華氏911」は、題名をぱくったものです。

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後悔の勧め

NHKプロフェショナル脳学者 茂木さんの言葉より
反省は、過去を振り返ること。
後悔は、未来のために適用力をつけ成長する。
 くよくよ後悔すると、「どうして」と考え成長する。失敗した現実ともしこうしたらと具体的想像を比較することによって、自分の価値観や世界感を変えることが重要なのだ。
  例えば、将棋が終わったあと、初手から感想戦をプロがやっている。お互いにあの時こう指したらなどとやることで、一番勝負が何番にも増え、お互いの身に付いている。
  AかBかの選択をしなけばればならない時に備え後悔したことが生きてくる。
「育てる側も育つ」

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三国志の赤壁の戦いの映画を観た

北京五輪で口パク少女やTV映像にCGを添加したウ~~監督の映画であった。漢字は簡体字でなく習慣的漢字であった。(中国も漢字でもめてるようだ。)
映画は1部の密度の薄さにつづいたもので書物で読まれた方は見ないほうがよい。
制作費は日本からどかっとつぎ込み、もったいないと思った。

日本には優秀、鬼才、才能ある監督があまたいる。
お金が無いので映画が作れない。
配給先がないので映画が作れない。
興行収入が期待できないので映画が作れない。

とにもかくにも映画が作れない。
やがて才能を発揮することなく終焉を迎える。

こうしたことがらは日本人にとって文化を見捨てるといふことであらう。

レベルの低い観客にも責任はある。
TVの劇場版や陳腐かしたシリーズもの、人気役者目当てで観てはならない。
金払って何を見ようが俺の勝手だろうといふ声が聞えてくる。
だから、駄目なのです。「どぶ銭」は。「銭ゲバ」は。
お金さえ払ったら何をしてもいいのでせうか。

家を注文した人を昔は「施主」と言った。
今は言わない。
施は布施行の施である。
施主は職人を育てた。父から聞いた話だが、襖を注文し、出来上がった襖を閉めて「音が違う、やり直せ」 二度目も「まだだめだ、やり直せ」 三度目は「いい音だ、お疲れさん、手間賃は三回分払いますよ」~

銭ゲバさんは三回分払いますか???

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2009年4月14日 (火曜日)

お経の「経」は、人生の縦糸

過日、お寺の永代経の後、法話がありました。
若い女性の講師でした。お母様が有名な方でした。Pht
 無着成恭(むちゃく・せいきょう)(子供電話相談室に長年でておられた)さんのお話を優しくお話していただきました。

以下の言い回しは男言葉に変換しました。(だって、女言葉言えないんですもの?~~ゆうとるがな)

お寺は葬式や法事をするためにあるのではない。
人間教育するところだはないでせうか。
「授業」といふことのはは仏教語です。
業を授けるというのは、カルマを悟らせること。だから、「ジュゴウ」という。
(私の法名は「釋浄業」(じょうごう)ですが一発変換できんのです。単語登録しないかん。おっ~と、本題へ戻そう。)

住職になる資格を「教師分限」という。

お経の話をしてるんでした~ね。
「経」は、その人間の人生の縦糸だ。
反物を織る時、機に縦糸を据え付けてから、横糸をギコバタトントンって織っていく。縦糸は織ると見えなくなる。しかも、縦糸は何度も織り機で擦られるが切れてはいけない。横糸は切れても直ぐ繋げるが、(紬は横糸を結んで織るので凹凸ができる。本題へ~)縦糸が切れると織り機を止めなければならない、重要な糸です。
畳も、いい畳かどうかは表面に使われるイグサでは決まらない。中の縦糸で決まる。

その人間がどれだけ偉いかということも表では分からない。その人間が持つ人生の縦糸、経で決まるんだ。

地球儀も経度・緯度がある。国家営の経も、済の経もそうだ。(経済は経世済民を縮めた言葉)

日本人は縦糸をなくしてしまったのではないか。
あなたの家の「家訓」は何ですか?
そんな言葉さえ日本人は忘れちゃったんじゃないですか。
家訓という言葉が死語になってしまったならば、日本は滅びざるを得ないだろうと思います。
ご飯の食べ方はこうだよ、ご先祖さまはこうしてきたんだよということを教えるのが家訓。(NKH甘玉堂の家訓は「一意専心」?額が左から書いてあるのはオカシイと思うのですが~)
家訓とか家伝とか家風があって、その中で育っていくのです。

私たち寺に係わるものが、教えていかなければならないと思っています

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2009年4月13日 (月曜日)

良寛さんの続き5~思いやりの心2

良寛さんの再開です。

前回、自分で考えてみよう~~で終わってます。考えましたか?

これが正解かどうかなんて分かりません。 そんなことは「どうでもいい」のです。正解は個人の中に違う思いで、いろんな思いであるのでせう。だから、以下は参考にするだけでいいのだ。Ryokanosho


 現代は「利己主義」が当然の風潮となり、ますます険悪化してきている。
良寛さんが体現して示した「利他主義の美徳」は、何を心の支えとして達成されうるのでしょうか?
 
 例えば、貴方が散歩する道に落ちているゴミを拾うだけでもいい。
人の見ていない早朝もしくは夕方、ペットボトル、空カン、ビニール袋、紙屑などを拾うことを習慣にする。
(人に知られないようにやるのが肝要である。「ボランティアやってます、私って立派でせう。」などの邪心を持ってはならない。それは見栄で傲慢な心です。)

 誰のためというのではない。
  自分のためであり、また世間のためでもある。

  ささやかな充実感を、さらに拡げて新しい喜びとするのが利他行の基本だと思います。
  1人でやりおおせる快感の味を知ること。
  それは、これをやりぬいた者のみが知るこの上ない喜びなのでせう。

イチローが「いきそうになりました」とコメントした~そのなかに「やりおおせた快感を味わった」意味合いが含まれてはいないだろうか。

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