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2009年1月 9日 (金曜日)

有機農産物についての疑問

国のJAS法の有機農産物の定義を簡単にいうと、
 化学的に合成された化学肥料及び農薬の使用を避ける事が原則。やむを得ない場合はリスト化されたもののみが使用可能。
播種または植え付けの2年以上前から(多年生の作物の場合は収穫の3年以上前)、使用禁止資材を用いていない畑や田んぼで栽培すること。
遺伝子組み換えの種苗を使用しないこと。
生産から出荷までの記録(生産行程管理記録や格付け記録など)を作成する。以上のことが生産農家に求められます。

そこで、
有機農家は鶏糞、牛糞、豚糞などを田んぼに撒きます
しかし、動物の糞は何を食べたかによって問題になります。
今年は丑年なので牛を例にとると、牧草だけを食べた父牛は、配合飼料を食べた牛の3分の一しか乳がでません。
なぜ?配合飼料だと乳が増えるのか疑問が沸々と湧き上がるでせう。
ホルモン?遺伝子組み換えトウモロコシ????

素性の知れない糞を田んぼに撒いたら植物に良いはずがありません。

お上が定めているのに何故???安心できないの???

どうすりゃいいの??

福岡氏の「自然農法」か岩澤信夫氏の「不耕起農法」がいいのではないか?
田植え機、コンバインが使える実践に即した「不耕起農法」を紹介します。

日本不耕起栽培普及会は1993年8月に設立。
POF研究会時代から約30年続く任意の農業技術普及団体(農業の教育団体)です。不耕起移植栽培技術の研究、指導、普及を行っています。会長は岩澤信夫。会員は稲作農家が中心です。
その他に、他の作物の栽培農家、流通関係者、自治体関係者、学識経験者、資材・機械メーカー、将来農的暮らしを計画している方などです。
耕さない田んぼや「耕さない田んぼのお米」の普及に力を注いでいます。

Yomigaeru_img01 『不耕起でよみがえる』 岩澤信夫著 創森社
2003年12月3日発行 価格2310円(本体価格2200円+税5%)          
序章  不耕起移植栽培が底力を発揮する理由
第1章 近代化稲作がもたらしたもの
第2章 不耕起栽培への模索と試練
第3章 生きものいっぱいの不耕起の田んぼ
第4章 メダカとトキと子どもたち
第5章 ゆっくりと水資源をはぐくむ
第6章 不耕起・冬期湛水の心得と準備
第7章 不耕起・冬期湛水の主な作業
終章  生物資源型農業をめざして

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「不耕起普及会」のサイト
http://www.geocities.jp/fukoukisaibai/

「たんぼ博士の応援隊」のサイト 上のサイトからリンク
http://www.tanbohakase.com/

NHK教育「人生の歩き方」で放送されました
http://www.nhk.or.jp/shiruraku/200809/wednesday.html

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2009年1月 8日 (木曜日)

ギターと生爪

ギターはピックで弾くものと思ってる方が多いのではないでせうか。
爪で弾いたほうが音が柔らかく綺麗です。
しかし、ギタリストは鋼鉄のやすりで爪を削っているやうなもので爪の管理に苦労する。
クラッシク、サンバ、フラメンコのギターの弦は一部ナイロンだがフォークギターはすべて金属弦ゆえ爪がボロボロになる。

生爪のギタリストを紹介しよう。

マイナーなところでは
「たくき よしみつ」
エッセイ、パソコン、デジカメ、狛犬Seihachiman・・・範囲が広い
http://tanupack.com/english/index.html

メジャーなところでは
「押尾 コータロー」Youandme_text02
一人でリズム、ベース、メロディを弾くテクニックで有名
http://www.kotaro-oshio.com/index.html

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2009年1月 5日 (月曜日)

アンジェイ・ワイダ映画監督について

180pxandrzej_wajda_by_kubik アンジェイ・ワイダ(Andrzej Wajda, 1926年3月6日 - )はポーランドの映画監督。

1926年、ポーランド生まれ。父は軍人であった。
青年時代に、浮世絵をはじめとした日本美術に感銘を受け、芸術を志す。
第二次世界大戦中は対独レジスタンス運動に参加。

1954年、『世代』にて映画監督デビュー。
1956年の『地下水道』がカンヌ国際映画祭審査員特別賞に輝いた。

1958年の『灰とダイヤモンド』は、反ソ化したレジスタンスを描いており、ヴェネチア国際映画祭批評家連盟賞を受賞した。

これら三作品は、ワルシャワ蜂起時のレジスタンスや、戦後共産化したポーランド社会におけるその末路を描いており、『抵抗三部作』として知られている。

「大理石の男」  (1976)は70年12月事件(労働組合の蜂起に対し社会主義の政府が武力鎮圧。多くの死者を出したが隠蔽のため墓を作ることさえ禁止。)を映画化するまで政府の検閲から許可がでず、おりしも若手の文化大臣が就任し映画化の許可を出した。

監督はラストシーンで 墓地を訪れるが墓が無く止む無く墓地の門に花束を置いてゆくシーンを描いたが検閲でカットされる。
加えて、映画化の許可をだした文化大臣まで辞職することとなった。

1981年、『鉄の男』でカンヌ映画祭でパルム・ドールを受賞した。
この映画も70年事件を描いている。

しかし、ポーランドの「連帯」運動に参加したため、同1981年に引かれた戒厳令で、ポーランド映画人協会長などの職を追われ、フランスなど海外での映画制作を余儀なくされる。この時期に製作されたのが、『ダントン』(1983年)、『ドイツの恋』(1983年)である。
1985年、『愛の記録』にてポーランド映画界に復帰。

2007年「カチン」・・・カティンの森事件について描く。
カティンの森事件とは、1940年 ソ連が共産主義をポーランドに確立するため障害となるポーランド将校達を殺す事件であるが、長く極秘扱いされていた。
ワイダの父親もこの事件で虐殺されている
それだけに監督は映画化したかったのだ。
この映画はモスクワでも上映され300万人が観たといわれている。

監督は映画についての考えを次のように言った。
「映画とは あの時 どうだったかを伝えることだと信じてきた。」

作品リスト・・・太字の映画は必見

世代 (1954)
地下水道 (1956)
灰とダイヤモンド (1958)
ロトナ(1959)
夜の終わりに  (1960)
シベリアのマクベス夫人 (1961)
サムソン  (1961)
二十歳の恋(1962)
灰  (1965)
The Gates To Paradise (1968)
すべて売り物 (1968)
白樺の林 (1970)
戦いのあとの風景  (1970)
婚礼 (1972)
約束の土地  (1974)
Smuga cienia (1976)
大理石の男  (1976)
Bez znieczulenia (1978)
ヴィルコの娘たち (1979)
Dyrygent (1980)
鉄の男 (1981)
ダントン  (1983)
ドイツの恋(1983)
愛の記録  (1985)
悪霊  (1988)
コルチャック先生(1990)
鷲の指輪 (1992)
ナスターシャ  (1994)
聖週間  (1995)
Panna Nikt (1996)
パン・タデウシュ物語  (1998)
Zemsta (2002)
カチン  (2007)

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