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2010年10月 2日 (土曜日)

喪中ハガキ~1

喪中ハガキについて3回に分けて考察?します。
宗教、法律、慣習などの視点から分けた心算です。
まづは、宗教との関連について。
(私は浄土真宗の門徒で法名をいただいております。)

仏教(浄土真宗)と年賀欠礼の喪中ハガキについてちょと考えてみましょう。
年賀状自体を「肯定するか、否定するか」については別としまして、年賀欠礼の葉書は、「死を忌み嫌う意味合い」ではなく、身内を亡くされた方が、「新年おめでとうございます」という気持ちになれないため、前もってお知らせするものだと思います。

私は、浄土真宗の立場から、往生浄土は不幸なことではありませんので、「年賀状を出す方向で考えるべき」と解釈します。
私の場合、父は3月に往生いたしました。七七の法要も浄土真宗では意味がありませんが、親類には他宗派もおりますので面倒は避け行いました。晴れて忌明けしました。  神道も50日祭で忌明けになります。 ケはなくなり元へ戻ります。
ですから、私は年賀状を出す予定です。

ただ、年賀状を出す側はよくても、年賀状を受ける側は浄土真宗とは限りません。相手が、仏教、神道であれば、七七または50日祭で忌明けしていると考えておりますので、正月までに忌明けしているのであれば、相手が「目くじらをたてることはない」と思います。もし、立腹するようであれば、相手は知らないのだとお考えください。 神社庁は、お祭りも、正月も普段どおり行ってくださいと言っております。

ですから、満中陰を過ぎていれば、日本人のほとんどは仏教徒か神道なので「喪中はがき」は不要なのです。
他の宗教について私は勉強不足で分かりません。また、無宗教の方もおります。
ごく稀ですが、「どうしても年賀欠礼が必要だ」という人の立場も認めねばなりません。

そのような場合は、特に通夜、葬儀に来ていただけなかった方にだけ、賀状欠礼の葉書を出してはどうでせうか。
「苦肉の策」ではありますが、「世間に流されないひとつの策」として提案します。

 年賀欠礼を受け取る側は、ご不幸を知らずに年賀状を出してしまう失礼を避けることができ、好ましいメッセージかも知れませんが、「なるほど浄土真宗(仏教、神道も同じ)では必要なかったのですね」と認識を新たにしていただけたら幸いです。

葬儀を出して初めて迎えるお正月の年賀状は「喪中」であることから遠慮するのが慣例のようですが、「喪に服する」という「忌中」や「喪中」の習慣も思想も仏教には存在しません。(神道では50日は忌み嫌う。)

仏教とは、「仏陀」の説かれた「教え」であり、全て生きている人々のために教えが説かれています。
この「忌中」や「喪中」とは、親族を亡くした悲嘆を癒し、日常生活に復帰するための「精神的な準備期間」を意図する反面、日本の古い宗教観から、「親族の死によりケガレたので、他人へケガレを伝染させないために身を慎む」という非仏教的な意図が含まれています。

仏教や浄土真宗の教義からみれば、故人は「悟りを開かれた阿弥陀如来さまと同じの仏さま」であり、故人を「不浄な者」とする「忌中」や「喪中」のケガレの考えは、道理に合わない痛ましいことになります。

このケガレの考えは、今日の日本社会において、部落差別や女性差別、また、障害者差別にも深く関わっています。

「喪中はがき」は、「遺族はケガレているので年始の挨拶には来ないで」と解釈できます。
さらに、故人の葬儀を仏教(浄土真宗)でされながら、年賀欠礼の挨拶状に「喪中」を引用するのは矛盾しています。

葬儀は単なる儀式であって、「喪中はがき」は出すのが当たり前と思っているかたは、葬儀のとき、故人の死を縁として共に悲しみ、別れを惜しみ、深い共感、連帯感から遺族の心を様々な形で支えてくれた方々や僧侶などに対し、仏教(浄土真宗)の信仰とは縁のないことを世間に表明するようなものです。

「喪中、他界、永眠、天寿、天命」などは耳触りが良く、年賀欠礼の挨拶状に多用されがちですが、前述のように仏教的な用語ではありません。

「逝去」とは? → 他人の死に対する尊敬語です。
  死に対する尊敬の部分を抜いた普通の表現は「死去」であります。
「天寿(天命)」とは? → 天から授けられた寿命(広辞苑から)
  寿命は、天から与えられるものでも、天が決めるものでもありません。
死の縁は無量。いつどこでどんな死に方をするかはわかりません。
賜った命を精一杯生きるのが私たちの努めです。

近親者との別れた悲しみを踏まえ、お念仏(仏法)に遇えた慶びを挨拶に頂戴するほうが、御同朋(仏教徒)として嬉しく思います。
仏教徒(真宗門徒)であれば、その由緒を大切にされて、信仰にふさわしい表記を使用し、ご縁深い方々に故人の遺徳が偲ばれる年末、年始の挨拶状を差し上げていただきたいと思います。

「喪中はがき」を出してない方から年賀状が故人宛てに来た場合は、「寒中見舞い」のハガキをお出しになれば相手に失礼にはならないと思います。

《年賀欠礼の文案 1》
【 ※ 十二月初旬に届くようにする 】
この春、父が浄土往生の素懐を遂げました
つきましては年末年始の
ご挨拶を失礼させていただきます
本年はひとかたならぬ
ご厚情に預り厚くお礼申し上げます
明年も変わらぬご交誼の程お願い申し上げます  合掌
  平成二十二年十二月


《年賀欠礼の文案 2》
【 ※ 十二月初旬に届くようにする 】
父が浄土往生の素懐を遂げ
はじめて迎える正月は、父を偲び
家族で静かに迎えたいと思いますので
新年のご挨拶を失礼させていただきます
尚、生前中にひとかたならぬご厚情を
いただきましたこと、厚く御礼申し上げます
時節柄、一層の御自愛の程、お念じ申し上げます  合掌
  平成二十二年十二月

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