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2010年8月20日 (金曜日)

~自然栽培農家の紹介~

自然栽培の方を2名紹介します。
詳細は前の記事からリンクしてください。

田神 俊一 さん

「虫は人間が食べてはいけないものを淘汰してくれている。」

まったく農薬も使わず、虫にどちらかといえば弱いかぶを植えています。
それなのにヨトウ虫が一匹も入ってきていません。

田神さんは「虫は野菜がおいしいから食べるんじゃないんだ。
人間が食べてはいけないものを虫が淘汰してくれているんだ。」
とおっしゃいます。

それでは、なぜ虫は田神さんの自然栽培の野菜には寄ってこないで、となりのさつま芋畑には大発生するのでしょう?

田神さんはいいます。「人間が施す肥料や農薬が虫を呼んでいるんだ。
もう一つは作物の性質を無視した栽培が虫を呼ぶ。」

事実一般の農家を含めた多くの篤農家が、
虫の異常発生は肥料のやりすぎに原因があることを知っています。

無農薬だから虫がいるのではない
農薬がかかっている綺麗な野菜が、決していいとはいえないのはみなさんよくご存知でしょう。

農薬で綺麗な野菜を見たときには、山のようなヨトウ虫を農薬で殺しまくっている姿をぜひ想像してください。
そういった野菜は、農薬をかけなければ跡形もなく消えてしまうのかもしれません。
また「虫はおいしいから野菜をたべるんだ。無農薬だから虫がいて当たり前」
という風に誤った認識している方もいらっしゃることかと思います。

また、なぜ何度も農薬を撒いても虫は湧いてくるのでしょう。
虫はどんどん農薬に強くなり一般農家はどんどん毒性の強い農薬を選んでいます。

ところが自然栽培の野菜はもちろん無農薬ですが、ほとんど虫はつきません。
虫が出ることがあっても限られています。

「虫はおいしいから野菜を食べるんだ。無農薬だから虫がいて当たり前。」
というのは一概に正しいとはいえないわけです。

肥料と農薬は、土にとって毒だといいます。
有機肥料や漢方薬ですら毒になるというのです。

毒になるというのは、自然では本来ありえない肥料や農薬の投入が、土のバランスを崩すことを意味しています。


与嶋 靖智 さんの自然栽培(無肥料栽培)を紹介した重厚なサイト
http://www.h3.dion.ne.jp/~muhi/

無肥料無農薬栽培って何?
http://www.h3.dion.ne.jp/~muhi/kantan.htm

 無肥料栽培とは、化学肥料・農薬はもちろんのこと、有機肥料(畜産堆肥、米ぬか、油粕、魚粕を含むl、自然堆肥)を一切使用せず、土壌と作物そのものがもつ本来の偉力を発揮させることで作物を栽培する農法のことです。基本的に、除草、耕起、十分な管理はしっかり行います。

  はじまりは・・・病虫害に悩んだ有機農法

 もし、私が有機農法で十分な収穫を得て、経営が安定し、品質・味・安全性ともに満足のいくものが生産できていたなら、決して無肥料栽培には踏み込まなかっただろうと思います。

 私は農家として、有機農法を行ってきました。もともと化学肥料農薬を使用する農業には抵抗があったので、無農薬への自分自身の信念だけは通そうというチャレンジ精神は良かったのですが、実際に有機農法に取り組むと様々な障害が生まれてきました。「土づくりさえしっかり行えば病虫害がなくなる」とは、有機農法の格言のようなものです。

 良いといわれることは色々試してきました。しかし、解決できることよりも年々膨らみ続ける問題のほうが大きくなり、ついには極端な減収と、品質の低下を余儀なくされてしまっていました。「私がこれから先、何十年努力しても無農薬は無理かもしれない・・・」こんな思いが年々膨らんできていたとき、私に、起死回生にもなるような指針を与えてくれたのが無肥料栽培でした。

身近な森の自然は人が肥料を入れることはありません。
 実際、森の落ち葉には十分な肥料成分はありません。そして森の土にも十分な肥料はありません。なぜ森は大きな大木を育てる力あるのでしょうか?

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自然栽培はいろいろある

福岡正信さんが浮かぶ。これは究極だろう。
他に東北の冷害を救った方。
EMやJAとやってる財団法人で全国的。
販売側から疑問をもって、活動しているかたのサイトが小農に合っている気がするので紹介する。

「有機農業はまだやるな!」で始まるサイトです。
http://www.naturalharmony.co.jp/trust/school/kimura1126.html

サイトから少し抜粋しつつ、
私の意見を《》で添えておきます。


「あなたも稲作で、肥料なし・農薬なし・除草の人手を7分の1に減らして
反収8俵を実現できる!」

《ウソだろうと思いますよね。》

今の農業は農家の方々をバカにしてきた農業ともいえます。わたしたちは自然に向き合う農家さんを尊敬しています。
隣の人の真似をし、誰か先生に教わったり、農協の指導に頼ることに現代の農業は慣れすぎたとは思いませんか?
《そのとうりです、少し変ったことを農家は好みません》

ここで自然栽培における自然観察にちなんだ下記の質問をいたします。
あなたは農業のプロとして、またプロを目指すものとしてこの質問に答えることができるでしょうか?!
 ここで問題です
○か×をつけてください。
Q1 稲穂の出方は肥料を与えても与えなくても同じである

Q2 除草剤を使わなければ草が生えるのは仕方ない。

Q3 ヒエの種は1年後に発芽する。

Q4 収穫後の秋に田んぼを耕運すべきだ。

答えはすべて×です。
《肥料のやりすぎは駄目だが適量ならOKではないのか?》
《田んぼの中で真夏も草刈すればOKだが、老体には堪える》
《ヒエの種は8年後に発芽するのだったかな》
《不耕起はしない。JAはしろという。土中の雑草の種を枯らすためには深耕せよといい、ジャンボタニシを殺すためには浅く細かくしろという。レタス農家は植えるために細かく耕起する。》


稲穂の出方に見る自然栽培 

稲の穂の出方をご存知ですか?ご存知でない。わたし、稲作の農家さんに聞いて回るんですが、みなさん御存知でないんです。それくらい稲作の農家さんは稲を見ていない。穂の出方についてお話します。

まず、有肥の稲穂。これは雨が降ろうが寒さが来ようがお構いなしで、下から押し上げられたみたいに伸びてきます。だから気候の変化に弱い。ところが無肥料・自然栽培の稲穂は、そうじゃないんです。穂がのびてきて、その時の天気に合わせてすぐ開花する。雨が降れば止まる。また伸びて寒さがくれば止まるんです。この動きを繰り返して全ての出穂・開花を終わります。だから、無肥料の自然栽培の野菜や農産物は冷害に強いんです。

◆除草革命◆

除草に除草剤や米ぬかなどを使うことがありますが、必要ありません。それには一つには土の起こし方が勝負です!

わたしの耕し方は草の生えない耕し方です。
ところが、わたしの指導した秋田の大潟村の石山さんは、一般の栽培よりも収量が良かったのです。そして、除草に一回も入らなくて済んだんです。もちろん除草剤を使ったワケではありません。

今年平成17年度は除草に入られたようです。しかし、人手でいうと延べ人数で、通常の有機栽培農家の七分の一から十分の一の人手で済んだそうです。

◆収穫後の秋の耕起について◆

ワラは、決して秋口にうなり込まないでください。うなり込むとガスをだしてしまいます。よく、ワラが浮いてくるのではと心配されますが、浮いてくるワラは、腐食し切れていない緑色のやや黄色がかったわらです。これは十分に乾燥させずにすきこんだワラです。十分乾燥したわらは、水を含み必ず水に沈みます。このワラはいたずらをしませんが、黄色のワラはすき込むとガスを必ずだします。

秋田県南津軽郡大型村の石山範夫さんは、有機栽培米の地域での先駆者でもあります。平成15年から木村秋則氏の指導のもと自然栽培に取り組み始められています。

◆石山範夫さんの挑戦!◆

無肥料の自然栽培で反収7.5俵~8.5俵を平成17年度は実現しました。7.5俵というのは砂地の土地のデータで、この土地で無肥料の自然栽培ということを考えると大変いい数字だと捉えています。

大潟村では反収が平均で9俵半。有機栽培で9俵とれれば上等といわれます。
平成15年から自然栽培の稲作りに取り組み今年においては自身の有機栽培米とほとんど収量は変わりませんでした。

◆除草から無草・共草へ◆

私も私なりに草の対策はやってきました。私の場合はわざと草が発芽しやすい環境を作ります。稲も出やすい環境です。そして除草機に円盤をつけて17℃の角度に円盤を寝かせて発芽したばかりの雑草を押さえます。この機械は特許をとりました。抑えるとまたしばらくすると雑草が発芽するのでまた抑えると。これを一週間に1度やります。それを夏場7週間続けるわけです。これで草の対策は完璧でした。それまで300人から400人の人手で除草していたのが、86人で一夏除草することができるようになりました。


子供の頃よく、ほうれん草や小松菜などの葉物は「緑が濃いものを選ぶように」と言われました。これは今も変わらない常識です。
公園の草も空き地に生える植物も、売られている小松菜やほうれん草のように緑の濃いものはありません。よく見れば黄緑がかった淡い色をしていることに気づくと思います。これは、
緑の濃いものは不自然である、
このことを物語っているようです。

「硝酸性窒素」という言葉をご存知ですか?
これは植物にとっても、人間にとっても必要な物質です。なぜならこれがないと多くの作物は育たないからです。
でも問題はその過剰さ、摂り過ぎてしまうと、強い発がん性物質になってしまうのです。さらに糖尿病やアレルギーの原因物質であると指摘する研究者もいます。

「硝酸性窒素」は特に、ほうれん草や小松菜、チンゲン菜などの葉物に多く含まれています。また、赤ちゃんの場合、酸欠で死亡することさえもあるのです。

ヨーロッパや国際機関では、「硝酸性窒素」に安全基準を設けています。つまり「基準値を超えたものはリスクがあるから食べないように!」と呼びかけているわけです。 しかし、日本では、飲み水の基準はあるものの、野菜については規制がありません。そのためいわば“野放し状態”にある、そう言わざるを得ない状況があるのです。
どうしてこんな物質が植物に発生してしまうのでしょうか?

その原因は、肥料にあるのです。

「硝酸性窒素」の濃度は投入する肥料の「量と質」によって変わります。肥料が何であるかといえば「窒素成分」を軸に作られているものを指します。有機であれ、化学であれ、肥料とは“窒素が軸”、このことに変わりはないのです。

「窒素」は植物にとって“成長促進剤”にあたります。この窒素は有機肥料にも、化学肥料にも含まれていて、与えれば与えるほど、葉の色が濃くなっていくというわけです。
《近所の鶏糞農業の田んぼは濃緑です。》
つまり肥料を使えば使うほど、「硝酸性窒素」の危険性が高まっていくというわけです。

すばやく成長させ、少しでも多くを収穫し、現金に代える。つまり自然な成長スピードを無視して、“経済効率”を優先する行為といわざるを得ないのです。

硝酸性窒素の問題は飲み水にも影響を及ぼします。畑に使われた家畜の糞尿が、地下水や河川を汚してしまうからです。

ヨーロッパでは、畜産と農業を一緒に行う伝統が長く、畜産から出る糞尿を肥料として使います。そのため硝酸性窒素による地下水汚染が深刻化していきました。こうした理由からヨーロッパ諸国では、面積当たりの家畜の頭数に制限を設けているのです。これは窒素を規制していることでもあるのです。

ヨーロッパの飲み水は地下水が主流です。家畜の糞尿を有機肥料として使うことで地下水を汚染し、それが飲み水となって人体に戻ってくるのです。

自然栽培に取り組んでいる生産者の方に聞いたのですが、以前は放牧で牛を飼っていたそうです。その生産者のお父さんは牛の生態観察する中で、牛は自分たちが糞をした場所に生える草を決して食べないことに気づいたそうです。糞は動物性の肥料ですから、そこに生える草の色は当然濃い緑になります。

緑の濃い草を食べない、このことが意味するものは、硝酸性窒素の危険性を牛たちは本能で知っていることになります。そのまま観察を続けていると、季節が過ぎ、その場所の草の色がまた自然な黄緑に戻ってくると、牛たちは再び食べはじめるそうなのです。

「肥料を入れないで育つの?」とお感じになるかも知れません。しかし目には見えないけれども、土の中にも、空気中にも窒素はたくさん存在しています。
土の中の微生物の力を借りて「天然窒素」を、自分の成長に必要な分だけを取り込むのです。自分が生き残るための努力を精一杯するというわけですね。

肥料を入れない自然栽培は、その作物が持つ力を最大限引き出す農法です。人が肥料を与えないわけですから、根っこは地中深くまで、どこまでも生命維持に必要な養分を探していきます。

窒素は自分が必要とする分だけしか摂らないので、硝酸性窒素の濃度は低くなる傾向があります。品種の特性でそもそも濃いものもありますが、色は淡く、薄い黄緑色になっていく傾向があります。

自然栽培の野菜は、根の充実を図りながらゆっくり、ゆっくりと育っていきます。例えばニンジンで言えば、有機を含めた野菜よりも90日くらい生育が遅いのです。

ですから細胞が緻密になり、味わい深く、香り豊かな、とびきりおいしい野菜ができるのです。テレビなどで有名な某ソムリエが野菜の味コンテストを開催し、そこで優勝したのがなんと自然栽培のものだったのです。

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不耕起栽培から自然栽培へ転換しようかな?

以前、MK君から「これからの農業はどう進むべきか」と問われ、今の慣行栽培では駄目だ、肥料・農薬のコストを少なくせよ、と答えた。
小農でも家族の食い扶持ぐらいは作れる田んぼにすべきだ。1反ぐらいなら機械がなくても作れる。

不耕起栽培の真似事をやった。
水田の水持ちがよく、今年は草も少ない。
去年の反省から代かきを2回やった。(勿論、代かき前の耕起はやらない。)
4月になると乾燥注意報がでるので、田はそれまでの水が無くなりカラカラになる。
5月中旬、池のユル抜きに合わせて水を張る。土が軟らかくなるのを待つ。草が残っているが、水が入ったので元気がなくなる。5~7日して代かきをする。
水を少し足して水草が生えてくるのを待つ。水田に生える草が見えるようになれば2回目の代かきをする。6月20日頃になる。4日ほど経てば田植えが出来る。3本~4本とすること。多くの方は10本以上細い苗を植えています。

苗は5葉で20センチくらいであればOK。
なお、今年は肥料が高騰したのでJA指導の半分しかやっていない。除草剤もポイ投げをこれまたJAの半分とした。
草取りを止む無く1回した。
2ヶ月は他の田んぼと比べると惨めな状態であったが、今は太く、拡げたような姿をしております。

カメムシ被害を恐れて農薬散布している農家が多いです。私は農薬代が惜しいのと、薬害を恐れてやりません。いたちごっこになるからです。
収穫をみてさらに無農薬・無肥料に近づきたいものです。

次は、「自然栽培」について紹介する予定です。

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2010年8月17日 (火曜日)

CCDとは? CMOS全盛のデジカメ

映画にかこつけて、カメラにまで話が及んでいたが、思い出したので再開する。

デジカメはフィルムが半導体に置き換わっただけである。半導体なので電気がないと動けない。アナログ⇒デジタル⇒アナログに変換するプログラムが必要となった。ついでに「バカチョン」カメラにしてしまった。

とはいえ、昔のビデオカメラは素人では扱えなかった。セミプロ向けのものでも100万円はした。 デジカメは三洋電機のCCDが世界中で使われていた。SANYOの技術はIPODに生かされているが、実用化するお金がなく、APPLEが製品化したのでSONYのWORK MANが打撃をうけた。当時SANYOはメモリー製造も行っていたのでAPPLE社とアイデアのやりとりがあった。

本題に戻そう。

CCDイメージセンサ (Charge Coupled Device Image Sensor) は固体撮像素子のひとつで、ビデオカメラ、デジタルカメラなどに広く使用されている半導体素子である。CCDと呼ばれる。
画像を電気信号に変換する際に、受光素子が光から発生した電荷を読み出すために電荷結合素子 (CCD: Charge Coupled Device) と呼ばれる回路素子を用いて転送を行う。


別な転送方式を使うCMOSイメージセンサとともに用いられ、CCDのほうが多く利用されてきたが、台湾製の低価格品や携帯電話ではCMOSセンサの普及が進み、2004年後半には総出荷個数でCMOSセンサが上回った。

CCDの動作
CCDはMOS構造半導体素子の一種で、シリコン基板表面の酸化膜上に多数の電極を設け、各電極に隣同士で異なる電圧を与えることによりポテンシャルウェルを作り出し、これを利用して電荷を保持できるようにしたものである。各電極に加える電圧を適切に制御することにより各素子の電荷が隣の素子にいっせいに転送される。これにより各素子が保持する画素ごとの電荷をバケツリレー式に順次外部に取り出すことができる。

CCDは、他の撮像素子に比べて相対的に感度が高く、ノイズが少ないという特徴を持つ。しかし、CCDを動作させるためには入力電圧として、高いプラス電圧とマイナス電圧を含む複数の電圧(例えば、+15V、-7.5V、+5V)を必要とする。そのためCCDの消費電流は比較的高いものになる。また数種の電圧を生成するための電源LSIが必要になる。

この構造のためにCMOSセンサに比べてCCDの製造は難しく、製造のできる企業は限られている(SANYO)。また、CMOSセンサに比べてかなり高価である。

CCDサイズ呼称
イメージセンサのサイズ呼称については2通りの方式がある。これはCMOSイメージセンサについても同様である。

インチ単位による呼びサイズ

CCDサイズの相対比較1/2.5インチ、1/1.8インチ、2/3インチなどインチ単位で呼ばれるサイズである。
このサイズはイメージセンサの撮像面の実寸を示すものではなく、呼び名に相当する管径の撮像管の撮像面サイズと等しいことを表す。
2/3インチセンサの場合は(25.4×2÷3=16.9mmではなく)2/3インチ撮像管に相当する対角11mm、1/2インチセンサでは対角8mmとなる。
これはCCDイメージセンサの初期の用途がテレビカメラ用の撮像管を置き換えるものであったため、レンズなどの光学系を設計したり選択したりする際の便宜を考慮してこのような習慣が生まれたものである。
同様な理由により、特に断らない限り画面の縦横比は標準テレビ画面と等しい4:3が主流である。

なお日本ではメートルを基準とする計量法により「インチ」の使用が認められないためブラウン管などと同様「1/2.5型」などと表記する。他国からみたら融通のきかない馬鹿にしか思えません。

特定の規格により実サイズが規定されているもので、35mmフルサイズ(135フィルムサイズに等しい36mm×24mm)、APS-C(16.7mm×23.4mm)などがある。なお、オリンパスが単独で決めたフォーサーズ・システムについては約18.0mm×13.5mm(実際は17.3mm×13.0mm)の実寸が規定されているためこの範疇であるが、そのサイズ自身は「管径4/3インチの撮像管」に由来している。
Ccd_size


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月遅れのお盆はなぜあるの??

お盆、盂蘭盆会は7月15日と決まっています。
なのに、この国では月遅れのお盆があるのだろうか?
気になりませんか。不可思議なり。
ちなみに、今年の旧暦(私は贔屓にしております。農家、漁師などは、月の引力・明りを無視できないのです。)のお盆は、8月24日です。
日本以外のアジア諸国は旧暦で節分などを祝っていります。何度も書きましたが旧暦でないと桃や菖蒲が間に合わないのです。お正月はテト休戦、アメリカはクリスマス休戦をベトナム戦争のときも行っていました。新暦の正月は、寒さがまだまだ厳しくなるときですが、旧正月は春の足音が聞える頃です。あなたは、どちらがお正月にふさわしいとお思いでしょうか?
日本のエライサンが、アジア共和圏??などと云っていますが、それなら、旧暦を大事にすることからはじめませう。


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2010年8月16日 (月曜日)

「無明の闇」からの脱却

お釈迦さまの教えの続き・・・抜粋

絶対的な物やそれを観ている自己もない・・・と考えてください。       
一切のものには我としてとらえられるものはないという考え方を徹底して自己について深め、目に見えるもの見えないものを含めて一切の縁起によって生かされてある現実を生きることを教えている。
このような共々に生かされて生きているという自覚の中にこそ、他者に対する慈悲の働きがありうるとする。

十二因縁は、迷と苦が無明を原因とし、渇愛を源として展開していることを明らかにする。したがって、無明を克服して智慧を得れば生老死の人生苦はない。すなわち、自我への執着をはなれ、無我の自覚に立ちかえることが、仏教の指針とされる。

無明の克服とは自我を拠り所とする我執の克服をいう。
これは誤って解釈しがちである。たとえば、無我の自覚であり自己否定に繋がる。また、全否定となり、絶対無となる。さすれば、生活や生命の営みの否定とされる。こうした考えは釈迦の悟りではない。

釈迦の悟りは単なる自己否定ではなく、それが本当の生活であった。
無我である自己を破り去ったところに、かえって無我のまま復活しうる道がある
それこそ真実の縁起の自覚であり、仏教が仏道として生きていく指針となるのは、無我のまま生活を決然と生きていくことであろう。
こうした言い方は、詭弁に聞えるかもしれない。我慢してもう少し考えてください。

釈迦は初転法輪において、迷いの現実が苦でありが、克服しうるものであることを明らかにした。
苦は単に苦としてあるのでなく、我々の受け取りかたで変わることを説き、「煩悩」こそがすべてを苦と受け取らせる原因であることを明らかにした。

煩悩を正しく処理すれば、苦に悩まされない境地をうる。その道こそ、いっさいの自己愛を捨て、他に同化することにある。

執着すべきでない自己に執着することこそ、苦の原因である。  「苦」を滅して涅槃の世界に入る方法こそ「仏道」であると。

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マイクロ波が飛び交っている文明

積み残しを載せる。

『ウィキペディア(Wikipedia)』はここだからきちんと読んでね。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%82%A4%E3%82%AF%E3%83%AD%E6%B3%A2

記事の一部から
「マイクロ」とは、電波の中で最も短い波長域であることを意味しており、10×-6乗を表す国際単位系(SI)の接頭辞「マイクロ」とは無関係である。

マイクロ波の発振には、マグネトロン、クライストロン、進行波管(TWT)、ジャイロトロン,ガンダイオードを用いた回路などが用いられる。

マイクロ波の応用分野は広く、衛星テレビ放送、マイクロ波通信、レーダー、マイクロ波プラズマ、マイクロ波加熱(中で最もポピュラーなものが電子レンジ)、マイクロ波治療、マイクロ波分光法、マイクロ波化学、マイクロ波送電などがある。

日本の地上波テレビ放送では、難視聴地域用に第63チャンネルから第80チャンネルまで12GHz付近が割り当てられている(「チャンネル (テレビ放送)」の記事を参照)。
人体に悪いか?と問われれば悪いと答えるでしょう

もう逃れられない時代なら、悪影響を少なくする使い方しかありません。   電子レンジは2メートル離れよう。 携帯電話は胸のポケットに入れないこと。
これを機会に携帯を持たない事にしたらどうでせう。地デジ対策経費の80%が「携帯利用料金」で賄われています。
医療から武器までマイクロ波の利用方法があります。
しかし、電子レンジや携帯電話が身体に悪いように、避けるに限るのですが、いまや世界中に電波が空気のように溢れています。  がんなどの病気は増えるでしょう。  それは、文明という便利さとの交換だと割り切るより逃げ道はないでしょう。 お金持ちは地下シェルターなど電磁波が入り込まない金属で遮蔽した建物のなかで、電気を使わない生活をすればいいでしょう。

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