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2011年2月21日 (月曜日)

死生観~つづき

C・E監督のインタビュウーは、死生観の休憩として投稿しました。

我々日本人が考えるほど深刻ではなかったようです。
脚本家も監督も死後の世界を信じていないのです。

それより、死後の世界があることで、今をお座なりにしては駄目だと監督は言ってました。

さて、もどりませう。

「有無見」がなんとなく騙されたやうな詭弁に思いませんか?
すっきりと理解できたのでせうか。
書いている僕も分からなくなってきました。

道元禅師の考案から「生と死について」「薪と灰」に例えているのを紹介しませう。

「生の後が死ではない」と明言しています。

薪は燃えて灰になる。
灰は決して薪にはなれない。
薪の後に灰が出てくるとはいえ、薪が死んで灰になったとは言わない。
生死もまた同じ。
山の木は木としていのちを尽くし、切られて材木となっても木が死んで材木となったとは言わない。
材木は木材として家となり家族を守る。
家が壊されたら木材は薪として暖を生み出し、灰は灰としてまたその働き(いのち)を尽くす。
それぞれに始まりと終わりがある。

「死は人生の一部」と語ったC・E監督の言葉と
道元禅師の言葉をみなさん考えてください。

(続く~気が向いたら)

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