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2011年3月 3日 (木曜日)

尺と鯨尺

昔、六尺褌を180センチで裁断したが短くて結べなかった。
母に聞けば、鯨で計れといふ。母の竹尺で計ると約38センチ×6尺=228センチなので縮みを考慮して235センチで裁断した。
そうゆうことでタイトルが決定したのだ。

ウィキペディアのを読んでください。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AF%A8%E5%B0%BA#.E9.AF.A8.E5.B0.BA
下のほうに長さの比較表がありますのでじっくり眺めてください。


僕が言いたいのは、尺やフィートは身体の長さから決められたもので、時代によって長さは変化し、権力者が統一するか、大工の曲がり尺のように伝承されて、長さに差が少なかったものがある。

また、より長い単位を決める場合も、生活に便利なように決めたのだろうと推察する。
1フィート=12インチだし、1ヤード=3フィート と規則性がない。

日本も同様で、1尺=10寸まではいいが、1間=6尺となり、丈、町、里となるとなぜか12進法が入り込んでくる。

日本の尺は中国から入ってきたが、現在は長さが違うので、中国人と取引する時はメートル法でしないと大損を喰らう。

長さの次は、面積、体積、質量を調べたくなりませんか?

度量衡換算表はここ
http://homepage1.nifty.com/zpe60314/doryoko.htm
単位変換の親切なHPにたどり着くはずです。

着物の長さは鯨尺で計る。
鯨尺という名称ですが、「しなやかなくじらのひげ」で物さしを作ったことから「鯨尺」と呼ばれています。

反物は、鯨尺で幅9寸5分が標準で、長さは用途や時代によって異なっています。

鯨尺は、江戸時代の頃から主に布地(反物)の長さを測るのに使われている現存する尺の単位です。
当時の呉服尺(曲尺:1尺2寸)に5分足した曲尺1尺2寸5分を「鯨尺:1尺」として使用されていました。
その後、1891年(明治24年)の度量衡法により「約37.8cm(25/66)=鯨尺1尺」と定められています。

また、「鯨尺」より5分=15ミリ短い「呉服尺」という呉服屋が使っている物差しが存在していた。
「呉服尺」「鯨尺」ともに使用されていましたが、1875年(明治8年)に呉服尺は廃止されています。(理由は分かりません)

布地を測る尺には,他に庶民で使われた「呉服尺」があり,皇室で使われていた「鯨尺」と両立していたようですが,江戸時代中頃には,ほぼ「鯨尺」が標準になったようです。
もっとも,鯨尺は関東までしか伝わらず,東北地方では近年まで曲尺を使って布地を測っていたということもあったと云われています。

僕は、「鯨尺」がありながら、なぜ短い「呉服尺」があったかという疑問が沸いてきたのである。
もしかしたら、ヤバイ理由かもしれない?
たとえば、
役人は年貢の米を計る升を大きめに作ったり、升の内部をえぐったり、斗掻き(とかき)棒の中央を細くしたりして大目にとっていた。

僕はいままで、一俵は四斗と思っていた。
 ところが、正確には、一俵は三斗五升であり、延米二升を加えて三斗七升としたと言うのである。この延米とは、年貢米を俵に詰める時に目減りを考えて付加されたものである。

 元和二年(1616)、枡に山盛りにすることはせずに、斗掻き(とかき)棒でかきならして、そのかわりに別に延米二升を加えて三斗七升俵として納めたということである。したがって、百姓は、三斗五升の年貢に対し、三斗七升の米を出荷していた事になる。

 しかも、天領や多くの藩では枡座(江戸惣名主樽屋籐右衛門)から購入する京枡を使用していたが、年貢米を納めるにはこの桝を用いないで、京桝の一斗より少し大きく、一斗七合の大きさの桝を使っていて、これを収納桝とか納め桝などといっていたと言う事だが、その結果が、一俵は四斗入りが定例化したのかもしれない。

また、「高野山年貢に苦しめられた百姓」
http://www.syamashita.net/history/notahara/notahara-jinja/kouya_nengu.htm
も読まれたい。

褌の話が百姓の搾取にまで変ってしまった。
いつも こんな按配だから 取りとめが 付かないのである。
御免。

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