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2011年4月 4日 (月曜日)

「稲むらの火」

「わかるとできるパソコン教室」のBUNちゃん先生のブログに「稲むらの火」の記述が何度かありました。
最近は、2011年3月13日 (日) 自然は人知を乗り越える に南海地震の教訓として書かれています。 先生らしく、「だから不動産は持たない。」と書かれています。不動産は持たないので「長期ローンは地獄の1丁目」と言っているのですよ。

ブログからリンクしていたので ウキペディア から転載する。


むらの火(いなむらのひ)は、1854年(安政元年)の安政南海地震津波に際して紀伊国広村(現在の和歌山県広川町)で起きた故事をもとにした物語。
僕のところでは、稲を刈って横木に架けるので「はさかけ、はぜかけ」などと言っています。
1年丹精込めて作ったお米を燃やしてまでして村人を救った。
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地震後の津波への警戒と早期避難の重要性、人命救助のための犠牲的精神の発揮を説く。
小泉八雲の英語による作品(The Fire of Rice Sheaves)を中井常蔵が翻訳・再話し、かつて国定国語教科書に掲載されていた。In00_2


主人公・五兵衛のモデルは濱口儀兵衛(梧陵)である。
2011年度より、再び小学校教科書にて掲載される

生徒が勉強する前に津波が来てしまった。 なんという皮肉。




広村堤防横断図
P4_teiboukouzou_2


北側から南向きに見た場合。海までの距離は埋め立て前。
海側から(右から左に向かって)、15世初頭に畠山氏が築いた波除石垣(防浪石堤)、浜口梧陵が植林・築造した松並木(防浪林、防潮林)と土盛の堤防(防浪土堤)がある。

「稲むらの火」のサイト(浜口梧陵・小泉八雲・中井常蔵の顕彰を行っているグループ)は
 http://www.inamuranohi.jp/


余談:
2005年1月、インド洋大津波をうけてジャカルタで開催された東南アジア諸国連合緊急首脳会議でシンガポールのリー・シェンロン首相が当時の小泉純一郎総理大臣に「日本では小学校教科書に『稲むらの火』という話があって、子供の時から津波対策を教えているというが、事実か?」と尋ねた。
しかし、小泉は戦後世代なのでこの話を知らなかった。東京の文部科学省に照会したが、誰も知らなかったということである。


高知県沖の津波観測ブイ
Buoy_muroto_2


仕組み
Fig1

こんな 優れものを 日本中に配置しなかったのだろうか。これなら、確実に到達予想ができる。

今回は、来ないのかと思って 帰ったひとや、のんびり非難してた人もいたそうな。
国は なぜ準備しなかったのか? 人災が加わった。


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