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2011年3月15日 (火曜日)

今日も株は売られた

日経平均は、1,015円下げ、8,605円となった。 歴代17位
前場は寄り付きで下げ、その後は落ち着いていたが、後場の13時過ぎ急降下し、8,400円を割り込んだ。
売られすぎで安値感から少し買い戻されるも、終了直前再び下げた展開でした。
前日から10.55%下落したのは歴代3位

昨日以上に売られたのは、先物主導で売り圧力が強まったため
また、昨日軒並み値上がりした建設・道路株もきょうは選択されほとんどが値下がりした。
楽観的に観ると、昨日の値上がり分の利益確定売りでろう。
厳しく観ると、もともとサブプライムで傾いている中小の建設業界がすぐさま回復するとは考えられない。

さらに、原発事故が拡大しており、日本が立ち直るには相当の時間がかかると外人投資家は考えたのでしょう。
13時過ぎの急下降は、政府の原発発表、東電の発表の危うさが原因だ。
東電と東北電力は-400円、-300円のストップ安。

アジアのマーケットに飛び火し、ハンセン、シンガポールなど軒並み下落している。
中国経済はいつバブル崩壊するかと言うような状態であり、綱渡りしているときに、日本が綱を揺らしているようなもので僕は不気味である。

韓国も国策で財閥を作り上げ、日本の戦前のような貧富の格差を温存しているので北との緊張で何とか保っている状態だ。

今は、アジア全体が不安定になり、エジプト問題から世界が不安定になっている。
自分だけの欲望を充たせば満足するのが人間の本音だと昨日の書いたが、理性を働かせて、感情を抑え、布施業をすべきときは今なのです。

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2011年3月14日 (月曜日)

地震から分かる人間の欲望

災害に遭われた方は、命を守るための本能の欲望=生存本能が第一になることは当然であります。
本能は生物すべてに備わっております。

災害や戦争などでは生存本能によって生きながらえることができるのです。
変に理性を働かして本能を抑えようとすると死んでしまいます。
うつ病などで「死にたい」と常に考えている僕でも、地震が来ると真っ先に逃げ出します。そんなとき、僕はまだ生きたいんだ、という本能が残っているんだ、「いつでも死ねる。もう少し生きてみよう。」と思います。

今日の金融マーケットは、株が20番目の値下がりとなり、90社以上がストッップ安となり、633円下げた。
東京株式市場は7割が外人が占めている。
後場は原発の爆発から外国から原発の受注を受け値上げを続けていた関連の日立・東芝などがストッップ安となり、明日も下げるでしょう。
保険業界も保険料支払いの発生が始まることから大幅に下げた。

外国からは、地震国日本の原発は安心安全だろうと思われ受注を受けていたのだが、これで信頼はなくなり、危機管理の甘い日本を露呈した。
政府が本当の事を言わないのは政治の常識です。
たとえ、日本銀行がマーッケットを睨んで12時から会合し社債の購入など安心感を与える方策を決定し、即実行したがマーケットの反応は薄かった。

そんなマーケットで建設・道路・橋梁・建築株は77銘柄がストップ高となった。
アメリカの不動産不況のあおりを受け株価が低迷していた業界の株価が上がった。

11日金曜日15時に株式市場は閉鎖となるが、地震発生から情報収集し、勘を働かし、残り2~3分で先物を全部売り切り、建設株の現物を買い、15時終了直後帰路に付くのが優秀な証券マンである。

災害を受けた方は、他人の不幸で金儲けするのか! と、怒りの感情(# ゚Д゚) ムッカー が沸き上がってくるでしょうが、それが人間の欲望・願望なのです。

人間の本音というのは、自分の願望さえ叶えば、どんな残酷なことでもやってしまうのです。

しかし、喜怒哀楽の感情で生きていくのは非合理だと、仏教は教えている。

他人の不幸で金儲けができれば喜ぶでしょう。しかし、また、次の金儲けに奔走しなければならないのです。
一瞬の喜びは、人間を幸せにしません。たとえ、オリンピックで金メダルを取ったとしても、その喜びはたちまちに消えうせ、不安に襲われることでしょう。

他人に与えた喜びは消えることなく、不安に襲われることなく続くでしょう。
そうした、布施業の喜びを積み重ねていきましょう。

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勢至菩薩と東北沖地震

父の1周忌法要勢至菩薩(せいしぼさつ)にかかわる法話があった。

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地震、雷、火事、と怖い物のたとえで、地震が1番です。(親父は消滅した。笑い)
地震は、いつ来るか、分からない不安は他の恐怖に比べても断然怖いのである。
平凡な暮らしを突然破壊してしまい、不幸のどん底に叩き落す。
神も仏もないものか? と叫びたくなる。気が変になる。

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普通の人は地震に怯えながら生活していないと思う。遭遇した後は気が狂いそうになり、パニックで亡くなったかたもおいでる。

仏教では諸行無常なれば今を懸命に生きなさい と教えています。
いつ死ぬか分からない、死んだらどうなるのだろう と不安の日々ではなく、行き先を定め 後生の一大事を信じる心を持てば、心安らぐ 安穏な時をもてるのではないでしょうか? といふのが結論です。

法話では、勢至菩薩が歩いた、という。
勢至菩薩の力の強さは足をなげだしただけで大魔王の宮殿がゆらぐほど勢いが大きいといわれています。

浄土真宗
浄土三部経 ①無量寿経(法蔵菩薩四十八の誓願)②観無量寿経 ③阿弥陀経
の②観無量寿経に勢至菩薩の願いが書かれている。

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勢至菩薩は大勢至菩薩の略称で阿弥陀如来の右の脇待であります。
浄土三尊の一尊として智慧の光あらゆる者を照らしてその苦を除く菩薩です。
お姿は観世音によく似ていますが頭の上に宝瓶(ほうびょう)を戴いていられる点が違います。

浄土真宗2
 高祖親鸞聖人御在生のとき、末代の門弟等、安置のためにさだめおかる、本尊あまたあり、いはゆる六字 の名号、不可思議光如来、無碍光仏等なり。
 つぎに三菩薩のなかに、勢至は浄土の菩薩、等覚のくらひなり。
かるがゆへに中尊とす、龍樹天親は穢土の菩薩なり、それにとりて、出世の前後により、地位の高下につきて、左右に居したまへり、まづ勢至菩薩は、阿弥陀如来の右脇の弟子なり。
  彌陀の慈悲をつかさどれるを観音となづけ、彌陀の智慧をつかさどれるを勢至と号す。
かるがゆへに、十方世界に念佛三昧のひろまることは、これ勢至のちからなり。
がるがゆへに「首楞厳経」には「念佛のひとを摂して浄土に帰せしむ」ととけり、

真言宗での勢至菩薩

一周忌を司る仏様が、勢至菩薩で、十三仏信仰の中でもあまり知られていません。
阿弥陀仏三尊のひとつとして阿弥陀如来の脇侍尊として観世音菩薩と一対となって、極楽浄土へと亡者を導かれるのです。
観世音菩薩が人々を救済する慈悲を表されるのに対して、智慧を施されるのが勢至様となります。
勢至とは、「大いなる智慧の勢いでもって、人々の仏智仏性を聞き、悟りに至らしめる」ということです。

「観無量寿経」の中には
「知恵を持って遍く一切を照らし、三途を離れしめて、無上の力を得せしむ故、大勢至と名ずく」とあり、
この三途とは、火途・血途・刀途で、迷いと戦いの世界のことで、三途の川とは、三瀬川・葬頭川・渡り川とあって亡者の罪の軽減によって渡る川があり、その苦しみから、知恵を持って救い、その亡者を仏道に引き入れ、正しい行いをさせる菩薩なのです。
「薬師如来本願功徳経」には、八大菩薩のおひとりとして、臨終した人を天空から来臨され、浄土の道を教授して導かれ、宝蓮華として化生させるとあります。

それが「来迎図」として表され、観音様・弥勒様などと共に来迎されています。
その中で合掌されているのが勢至様です。仏像のお姿は、蓮台に座して合掌されることが多かったようですが、鎌倉時代以降は、立像で合掌されるお姿に変わってきました。

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「図像抄」における大勢至菩薩のお姿は頭の額に、仏塔を表された宝冠を戴かれ、右手の親指・人差し指を伸ばされ、他の指は軽く屈する印を結ばれ、左手には未敷蓮華茎を持たれています。
この未敷蓮華茎は「大日経疏」によれば、「衆生の心の中に大いなる慈悲の蓮華を発育され、清い善お心を譲り増長させる」と説かれています。
独立した尊格として人々の中で信仰が広がることが少なく、独立像で建立されることも少なかった仏様でありますが、仏教本来の持つ教えと姿勢を、正しく単刀直入に、わかりやすく導いてくださる仏様でありましょう。

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十三佛(真言宗)

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故人の法要でその冥福を祈る供養の本尊とされる十三体の仏、菩薩、明王。
十王に三王を加えたもの。

●不動明王 初七日 ●釈迦如来 二七日
●文殊菩薩 三七日 ●普賢菩薩 四七日
●地蔵菩薩 五七日 ●弥勒菩薩 六七日
●薬師如来 七七日 ●観音菩薩 百ヶ日
勢至菩薩 一周忌 ●阿弥陀如来 三回忌
●阿閃如来 七回忌 ●大日如来 十三回忌
●虚空蔵菩薩 三十三回忌

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