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2011年3月26日 (土曜日)

いろんなテトラッポット

テトラポットは普通の形のものは0.5トン~80トンまで、いろんなサイズ、形状があります。
Tetrapod_fig01_2

Tetraneo_fig01

Dolos_fig01

いろんな種類があり、災害だけでなく河川の生き物を守るためのテトラもあります。
詳しくは「不動テトラ」という会社のHPでみてください。この、映像もHPから転載しました。

僕は風のきつい小さな漁村で民宿したとき、風避けパネルや巨大なテトラポットの驚いたことがありました。
家の周りは石を積み上げ家を守っています。

そのように、準備しても予想を超える、津波や自然の猛威には人間はひとたまりもありません。

ある番組で老学者が「東北の海岸は津波に備えて最大限のテトラや防波堤を作った。」との説明に、若いアナが「でも現実に被害が起きているじゃないですか。準備が甘かったのでは?」と切り替えした。
老学者は「そんな設計は予算からしても不可能です。今回の被害を防ぐだけの工事をしたら日本は破産します。それでも、莫大なお金を投じて巨大なテトラがあったから、これだけの被害で済んだと考えられませんか。」と反論した。 さらに「マスコミは被害がでたら文句を言うが、備えの工事で税金を使っても文句をいう。低地に住宅は作らないよう線引きしていたのに勝手に、住宅が建っている。これは人災だ。」と憤慨した。

BUNちゃん先生日記」(このブログの左の お気に入り にある)には和歌山で被害に遭った経験から住むべき場所と危ない場所を明確に分けた地図があるそうです。
 飛行場の近くに家を建て、騒音被害だと争っている。誰が、そんな場所の土地を売り、あるいは安いから買ったのかもしれないが、農家の僕たちも住宅が、建売ができ困っています。
堆肥が臭い、農薬や埃が洗濯物についた、車に田んぼの泥が付いた、等々である。

人知を超えた天災は止む終えないとしても、人災で被害を大きくすることは避けるべくだ。

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団塊世代は介護世代

このブログは友人とのメールのやり取りを抜粋したものです。
あらためて、文章を書き直すのは面倒だし、この方が分かりやすいと思ってなどと、自分を安全地帯に逃避させる言い訳を書いておく。

友人からのメール の抜粋

1.母の介護施設探しに
>  平成20年、21年の2年間大変でした。
>  やっとグループホームに落ち着いています。

2. 今もって勤務していますので、仕事の合間をぬって
>  毎週ホームへ通うことや、父の食事作りをするので多忙です。
>  その上隣県で教員をしている長女の2人の孫の世話
>  かりだされることも度々です。

3. 洗濯は奥様がしないのですか?
> (入院時は父の洗濯を僕がしていると書いたので・・・)

4..私も●、◎、○と行ったり来たりしています
 自由な時間が取れず多忙ですが皆のために元気で動き回っている
> のが幸せなのだと思っています。

*****************************************
僕の意見を述べます。参考になりません、たぶん、おそらく。

1.施設不足は深刻です。
  仕事をやってる方は、探しても見つからないのでコネクションで施設に入れている状況です。 コネがあっても、運がなければ自宅介護になります。

 僕の職場にも早期退職制度があり、年度末で55歳、58歳になる職員は退職金の割り増し(申し訳程度)がつきます。
 僕は、58歳で年度が替わると平社員になり、不良債権取立ての仕事をします。 2月生まれなので60歳定年まで14ヶ月残っていましたが、施設は空いてないし、父は入りたくないと言うし、家内は母の介護を5年やって疲れはて、父は異性ですし、性格も合いませんので、家内から父の介護は堪えてくださいとの申し出があり、母のときは家内にまかせっきりで、僕は仕事馬鹿になっており、いつも深夜帰宅でした。

口では「苦労かけるの。」と言っても、本当に家内の苦労を理解していませんでした。 父の介護をしてそれが分かりました。

 よって、58歳になった年度末で退職し父の介護をすることになりました。
僕と同時に多くの優秀な人材が55歳、58歳で早期退職しました。
辞めて欲しい職員は残りました。
結果として、人材流失になり、翌年、早期退職制度は廃止されました。

2.孫はいません。
  また、孫の世話はしたくありません。
 餓鬼は己の醜さを投影する鏡のような存在なので嫌いです。
 子供はウソをつきませんから残酷です、だから餓鬼といふ鬼扱いなのです。
 「そんなことはないで、子供は可愛いで」とよく言われます。赤ちゃんや子供は、可愛いのが仕事なのです。 可愛いから保護し、育ててくれるのです。

 秋山ジョージ氏の漫画に醜い子供が主人公の漫画がありました。お岩さんのやうな顔ですから誰も保護してくれません。生きるために人肉を食べます。これが誰かの逆鱗に触れ、連載中止になった。
 先の大戦で、ジャングルのなかで止む無く人肉を食べたという話を聞いたことがあり、南方に行っていた父に確かめたら、
 「止む無く食べた奴もおるだろう、しかし、そいつを責めることはできん。人の業だからな。生物の中には共食いする種は多い。石器時代まで遡れば共食いは罪ではなくなるのかもしれん。」と寂しげに空を見上げて言った。

3.洗濯は家族の物は家内がします。
  父の分は時間がずれるのと、ぼくが退職した1年後 幼稚園の給食おばさんとして働き出しました。
 僕の収入がないのと、気分転換になるのでそのほうがいいと思っています。
 「関白亭主協会員」としては、家事分担は当然である。

4.「皆のために元気で動き回っている のが幸せなのだと思っています。」
  と、書かれていますが、心の底から幸福感を感じていますか?
 僕は、1日中家にいて、病人の具合に心を配りつつ合間を見ては農作業もしなくてはならないのは苦痛です。田んぼにいても病人のことが気になります。

 ≪自分の息抜きの時間は必要です。≫
 
家で介護していて、ヘルパーの方が来て、1時間空くとしたら、カラオケ、パチンコ、買い物、気の置けない友人とおしゃべりなどするのがいいです。
他人の目を気にしていたらストレスが溜まります。
ストレスが活性酸素を作り出し、DNAに傷をつけ病気になることは承知のとおりであります。
 
追伸:後生の一大事(死の覚悟)をすれば心が安穏(あんのん)になります。
    生物は必ず死にます。
    「生きていることは ただごとではない。」とDNAの
    第一人者村上和雄医学博士が言われた。そして、「アホは神の望み」
    という本を書いた。
    同時期に宗教学者の ひろさちや は「アホのすすめを書いた。
    偶然でせうか?

    DNAは親からもらう。 DNAが働かなければ生きていけない。
    DNAは1/2400万gの重さしかない。
    すべての生き物はDNAで繋がっている。
    塩基が折れ曲がり複雑な形でそれぞれのタンパク質が作られる。
    1つでも間違えば難病を発病する。
    タンパク質や酵素は大腸菌からつくられる。助け合うDNA。
    複雑で微妙なバランスのあるものに守られて生物は生きている。
    Somthing Grait  or  Snmthing Else とよぶべき偉大で目に見えな     いものに価値がある。
    
    仏教では、諸行無常⇒諸法無我⇒涅槃寂静 という。
    僕は寝て、目が醒めれば、今日も活かされていると思っている。
    翌日、目が覚めなくても後悔なし。(未だ成らず嗚呼)
 
     以上

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2011年3月24日 (木曜日)

映画 Here After が上映中止

このブログで紹介したC・E監督の臨死体験をした男と女と一卵性双子の1人を事故でなくした映画で、死を深く見つめてわかる、今この瞬間を精一杯生きる素晴らしさを問うた映画ですが。中止の原因は東南アジア、スマトラ沖の地震による津波で多くの人が亡くなり、映画では女性が津波にのまれて死にかけるシーンが駄目だということ。
他の映画も津波のシーンはカットしたそうです。

こうした行為が東北の人たちを気遣ったことといえるのでせうか?
被害に遭った人たちは映画を観に行く時間なんてありません。今を懸命に生き延びることしか考えていないでせう。

Ce

C・E監督は「死後の世界があるかどうか、真実は誰にも分からない。 ただ、
人は与えられた人生を精一杯生きるべきだと、僕は常に信じている。」

と語っている。

この映画を中止するのではなくて、まだ観ていない人に見てもらい、津波の恐怖と生き延びた人の行きる苦しみを感じてもらい、入場料は東北へ寄附することにしたら良かったのではなかっただろうか。

死後の世界と向き合う映画は珍しく、製作も難しい。
本木が演じた「おくり人」は原作で一番重要な死後の世界をカットしてある。したがって、原作者から原作者の名前をださぬよう製作者に注文があり、事実、映画は脚本だけで、原作者のことは触れていない。
おそらく、アメリカ人にあわせた映画で、賞ねらいといわれても反論はできまい。
日本人からも評判はよい映画であった。僕は単なるヒューマンドラマとしか感じなかった。多分に消化不良であった。

こともあろうに、スピルバーグとC・E監督に死後の世界を考える作品を作られてしまった。「硫黄島からの手紙」に続いて先を越されてしまいました。

これ以上・・書く気力が失せた。 THE END

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2011年3月20日 (日曜日)

キャベツやレタスの芯にも栄養が詰まっています!

昼飯にしようかと思っていたら、隣のレタス畑の友人が数個くれた。
温かくなってくるとレタスはビニールのトンネルの中に居るので目に見えて大きくなる。
一気に収穫しないと等級が落ちるのです。

尤も、レタスは春の作物なので、路地栽培はこれから成長します。
僕ん家は、親父がレタス栽培の先駆者で、冬場、収入のない農家にとって貴重な作物になりました。
マクドなどの外食がメインですが、レタスの料理法をPRしたお陰で家庭のサラダの主役になりました。
そうゆうこともあって、我が家ではレタスを生で食すことは稀で、湯豆腐や炒飯などの炒め物に使っています。
生だと葉っぱ2~3枚しか消費できませんが、過熱すると1~2個食べられます。結果、消費拡大に繋がり、レタス供給が増える、値段が高く売れる、農家が儲かる、という発想なのです。

さて、今日は芯のことについて・・・

料理番組のほとんどの先生は、芯を捨てるか、お漬物になどとほざいて、料理につかいません。


レタスは畑で切ると芯から白い汁がでます。舐めると苦く、傷口につくとピリピリします。すぐ酸化し、茶色になります。茶色だと腐ったように思われるので、持ち帰ったレタスは、余分な葉を捨て、芯を切り新聞紙などを切り口に貼り付け、白い汁を吸い取らせます。その後、特殊なラップで包むときに布で切り口を拭いておりました。

家でレタス栽培していたとき、乳牛がいましたので、その作業で切り取った芯を牛の餌に混ぜていました。牛はレタスの芯から食べ始めます。中学生だった僕は、美味しい物を残して最後に食べるから、不味い芯を先に食べているのだろうと浅はかに思っていた。

動物の習性から過ちだったことが判明し、僕は芯を食べてみることにしました。

まず、生は不味いし、消化不良になる。
苦味は植物が傷つけられたために残された根や茎を守るために出す汁なのだから大抵の植物の傷汁は不味い。
僕はかなりの傷汁を舐めたが上手いのにいまだ遭遇していない。
不気味な傷汁も多い。 竹の地下茎から出る汁は透明とピンク色で糊のように弾力があり、汁の量も多く不気味である。味も旨くはないがレタスほど苦くはない。
ぜひ試されたい。

さて、芯の料理方法だが
加熱すること。
そのさい、火の通りを考えて薄くスライスすること。
スライスは繊維の方向と繊維を断ち切るほうほうがある。
僕は繊維を断ち切るほうが甘みまあり、美味しかった。つまり、輪切りか半月に切るようにしてください。 あるいは、両面から隠し包丁をいれるのも一興である。

レタスは90%が水分であるから、火を入れたほうが多くの繊維質が摂れる。
また、油を加えるとβカロテンの吸収がよくなる。
βカロテン以外は同じ分量だと水分の少ないキャベツのほうが栄養がある。といっても、軟弱野菜なので、栄養より繊維質を摂ると思って食べていただきたい。
繊維質は第6の栄養素でした。

レタスでキャベツより唯一多いβカロテンについてお勉強しませう。

炭素と水素のみでできているものはカロテン類、それ以外のものを含むものはキサントフィル類という。
カロテンやキサントフィルは二重結合を多く含むので抗酸化作用が大きく、植物では酸素が多く発生する場所に多く存在する。
極性溶媒に溶けにくく、非極性溶媒に溶ける。したがって、脂肪とともに摂取すると効率的である。
カロテンは動物に吸収されるとビタミンAになる。

カロテン類の種類
(αカロテン、 βカロテン、 γカロテン、 δカロテン、 リコペン)
これらは色素として、緑黄色野菜に含まれる。
βカロテンが動物にとって吸収しやすく、抗酸化力の働きをする。

我々が食べる野菜に含まれているのは、βカロテンが多く、長年かけて経験から身体に良い野菜を残し、増やしてきたのだと思うと、先人に感謝の念が沸いてくるのを禁じえない。  感謝!

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