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2012年5月 2日 (水曜日)

日本のエネルギー政策(2)の補足

原発やメガソーラーはエネルギー全体のなかの約4分の1の「電気エネルギー」という部分的問題なのです。
 残り70%のエネルギー問題は次回で述べます。
寂聴さんも経産省のまえで反対のシュプレヒコール挙げたと今日のニュースで言っていた。

原発反対は感情で言ってはなりません。
フクシマで土地を汚染された方々の激怒は僕にも伝わってきます。
さりとて、それらの怒りの感情はますます自分を不幸に向かわせるのではないのかしらん。
欲望はやがて怒りに変わり、不幸の連鎖となります。
仏道ではそのように教えております。

僕も感情では40年前から原発には嫌悪感を抱いておりました。
でも、日本の技術者は民の安全を考えて最大限の努力をするだろうと信頼しておりました。

 初期の頃は、設計者と加工する中小企業の親父さんはがんばっていました。
設計者は「この部品は温度○度、気圧、湿度は云々・・・」と図面で説明し、「それなら設計より気持ち調整したほうがよかないかい、少し部品を舐めとくぜ・・」と名人肌の親父さんが答える・・・(金属の種類や大きさによって膨張率が変化するのを予想し、無理な場合は設計変更させる。設計者も納得して検討する。)・・・という相互信頼の状態であった。
ところが、

もんじゅの事故あたりになると加工する中小企業の親父さんたちに向かって、ヤスリがけもしたことのない若い設計者が上から目線で「設計図どうりに作れば良い。どんな環境で使用する部品か知らなくてよい。周辺の設計図は秘密なのでみせられない。」 親方が膨張するんだったら軽くあたっときましょうか」と言っても、「誤差は駄目だ」と一方的になっていた。信頼関係はない。事故が起これば中小企業の加工ミスでかたずけられる。
これは危険だと僕は感じました。
原発だけでなく職人の勘どころが入らない製品はヤバイのです。

僕は以上の理由でトータルバランスが欠如した原発は危険だから反対なのです。されど、安全な原発はやむなく賛成です。

さて、
現政府のプランは危険です。
「稼働しながら関電が免震工事などをそのうちやります・・」ということを「車」に置き換えれば、走りながら部品交換したり、車体の補強溶接しますと言うことと同じだ。
危険極まりない行為だ。
誰も責任をとらない仕組みになっているから無責任な発言ができるのでしょう。

発電なら当分の間、化石燃料で十分だ。
CO2は地球に必要な物質だから出てもよいのです。(Cがなければ物質ができない。Oは元来猛毒。)

 石原都知事が云うように、自販機、パチンコを止めたり、明るすぎる照明を正常に落とし、陰影礼賛ようにすればいい。 皮肉を込めて、太陽光や風力は馬鹿げているとも知事は云った。 もっともだ。

 日本のエネルギー政策の中で、太陽光発電等の自然エネルギーの占める役割は1%程度と微々たるものです。
国の将来の根幹たる「ナフサ」の確保にはほとんど貢献できる可能性がないのですから、自然エネルギーはマーケットに任せておけばよいものを、補助金を付けて「脱原発」路線に国が舵をきり始めた。

それは、
孫が菅を唆し、県知事が便乗した自然エネ普及協会の設立。選挙のイメージUPか。
挙げ句、国の委員会で決定した言いなりの太陽光42円は高すぎる。
の言いなりでをするのは日本国民だ。
先日のSoftBank決算報告で孫氏は「電気料金があがるのではないか」との質問に「微々たる発電量なので影響は無い」と答えている。
これを聴いて自然エネ普及協会の理事である25県の知事はどう思っているのでしょう?
孫氏はビジネスとしてとらえていない。いや、イメージアップもビジネス、さすがです・・・。

節電切断を行えば電気は大丈夫でしょう。
他の電力会社から分けてもらうなどの方法もあるのだが、これはやらないこととすれば電力不足になるという。
理由は、地域独占を死守したい電力会社と官僚、政治家たちにとって、電力会社が儲からなくなるし、配送電分離に発展する恐れがあるからだろう。

原発は、廃炉にするにしても、方法がないし、使用済み燃料は北欧では2万5千年保管する地下倉庫を作っていますが、それまでに人類は滅びるでしょうから、危険物の管理はできないこととなります。
地下の微生物かなにかが放射線を浴び変異すれば、まさしく映画「ゴジラ」の世界です。

だから、本気で基礎研究を続け、世界を救う手段を見いだせ。
「もんじゅ」【文殊菩薩】は維持費だけで年200億円かかっている。
もんじゅはプルトニウム型なので爆弾に転用可能だしガス漏れをおこしたまま放ったらかしにするのはヤバイのです。
とにかく、原子力の安全研究は早急にしなければならない。

マスコミは好き嫌いだけの報道でなく、数字をあてはめたきちっとした議論、報道をするのが使命であろう。CMの関係なのか、予算がらみなのかNHKも民放も肝心かなめをわざとく避けているように僕には観えるのだが・・・。

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