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2013年1月29日 (火曜日)

印鑑購入の注意点と白川 静

昨日に引き続いた内容です。
印章、印璽(天皇と国家の印)は判子そのものの意味で使われます。
紙に押したあとは、印影と云います。
印鑑は両方の意味で使われています(こうしたどっちつかずの言葉が変化して、流行でどちらかの意味が勝り、もう一方の意味は消えていく。だから、言葉はややこしいのだ。)。

印鑑を判子屋さんで頼むとパソコンの字体を機械が掘ってしまうので、全く同じ実印が何本でもできちゃうのだ。なんと恐ろしいことでせう。

せこい判子屋は、機械彫りされた判子を手彫りで修正している。
修正方法は、付け足す事は出来ないので、文字の一部を削りとるしかないのです(吉相印も外周から削り離れている)。
そんな馬鹿なと思うでしょうが真実です。
日にちは違えど、偶然、家内と父は、銀行印を同じ判子屋に注文し、同じ太さ、同じ材質、同じ書体、同じ値段で注文した。

印影を観ても素人では違いに気付かないでしょう。
まともな金融機関なら見破らなければならない。
BKが見破れなかったら、善管注意義務違反で、BKの過失になる。
法人印を見破るのは更に面倒です。
法人の実印と銀行印を作るとき、◎の円周に法人名を、内側に「代表取締役之印」を彫るのが慣習です。
せめて、大きさを違えるとか、してくれれば判子屋も助かるのですが、ブラック企業ほどややこしい印章を作りたがる。
判子屋は、その制約内で微妙に違う印章を作るのだから見破らなければならないBKは大変ですよ。
 1.「代表取締役之印」を右から書くか、左から書くか。
 2.法人名の開始位置を少しずらす。
などを駆使して「機械彫り+手彫の欠け」でもって作るなんてことをやっている。

手書き文字をパソコンにスキャンし機械彫りすることも可能ですが、手書きできる判子屋は少なくなった。

参考までに、判子屋で「掘る前に文字を見せてもらい、画数が少ない字の面積を小さくし、線は太めに~~」などと注文をいれ、応じてくれる判子屋さんで注文してください。

そのために、手彫り時代の印鑑を数多く観察し、脳裏に焼き付け、自分好みの印鑑を探しておき、そのコピーを判子屋さんに見せて「こんな感じで」と注文すれば間違いなくいい印鑑が出来る。
 ただし、機械の限界もあるので「朱文」と「白文」が混ざった印章を父は持っていたが、判子屋は2度と彫らないと云ったそうな。

白文は主に落款用であって実印登録できない役所があるので注意されたい。
印鑑の枠は重要なので欠ける事が無いよう押印してください(前後左右に動かして押印しないこと。
印褥(印押台)に垂直に押し当てしばらく時間をおけば鮮やかな陰影が押せます。練習してください。

僕の実印は自然の石ころを切ったモノに朱文篆刻し、登録しました。丸でも四角でもない自然のままの変形した形です~~瓢箪と洋梨の中間~~みたいな。なおかつ、最長25.1mmと大きさの限界が怪しいものでした。
登録の際、役所の担当は上司に相談にいき、数分間やり取りしておりましたが、面倒は避けるが最良と云うような雰囲気でジロリと僕を一べつした後、許可してくれました。

皆さんも文字の成り立ちを楽しんでください。

白川 静先生と向き合う事になるでしょう。
Photo_2

 以下はWikipediaから一部引用した。
(しらかわ しずか、1910年4月9日 - 2006年10月30日享年96。)は、日本の漢文学者・古代漢字学で著名な東洋学者。学位は文学博士(京都大学)。立命館大学名誉教授。

白川先生はエリートコースとは程遠く、30歳の1941年に立命館大学法文学部漢文学科に入学。
同大学予科・専門学部教授となる。
1954年より立命館大学文学部教授を務めた。1976年に66歳で定年退職、特別任用教授になる。文化勲章(2004年)を賜る。

白川先生は、甲骨文字や金文といった草創期の漢字の成り立ちに於いて宗教的、呪術的なものが背景にあったと主張したが、実証が難しいこれらの要素をそのまま学説とすることは、吉川幸次郎、藤堂明保を筆頭とする当時の主流の中国学者からは批判され、それを受け継いでいる阿辻哲次も批判的見解を取っている。
東大の主流派から法螺話などとぼろかすに批判されているが、ファンは多く字書三部作(字統・字訓・字通)はあまりにも有名だ。

2012
          ベストセラー

2006_2


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