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2013年8月20日 (火曜日)

地下水汚染について考える

パタゴニア『Summer 2013』カタログ掲載
著者は橋本 淳司さん
版権は© 2013 Patagonia, Inc.です。

HPのサイトは 
http://www.patagonia.com/jp/patagonia.go?assetid=85246
です。 パタゴニアHPから辿れますが、難しいので以下、全文を載せます。


地下水は誰のものかという議論がある。
日本の民法では、「土地の所有権は、法令の制限内において、その土地の上下に及ぶ」と規定されている。そのため、なかには土地の所有者=地下水の所有者と解釈する人もいる。仮に地下水がコップのなかの水のように、地下の特定の場所で動かずに止まっているならば、そうした考え方もできるかもしれない。だが実際には地面の下を流れている。陸地に降った雨や雪解け水の一部は地面に染み込み、地下に浸透する。地表近くの水はわき上がって川として流れていく。地下に浸透しなかった水も、地表を流れて川になる。川はやがて海へ出る。海へ流れ出た水は蒸発し、ふたたび雨となって陸地に降り注ぐ。人間が便宜的に雨、地下水、川、海、水蒸気と名づけているが、それらはすべて水である。こうした水の循環は地球単位で行われるだけでなく、小さな単位でも行われている。



小さな単位を流域という。流域とは降った雨が地表、地中を毛細血管のように絡み流れ、やがてひと筋に収斂していく単位である。同じ流域に住む生物は同じ瓶の水の恩恵を受け、またときには洪水や渇水などの影響を受ける運命共同体に属している。最新のテクノロジー「四次元水循環マネジメントプロジェクト」を使うと流域内の水の流れを可視化することができる。
Photo

写真は秦野市、水無川流域の地下水脈の流れを「見える化」したものだ。

このように地下水が流域の地下を網の目のように流れているなら、「地下水は土地所有者のもの」という考えは実態に合わない。

流域内の生物が同じ水を共有するということは、地下水が汚染されたら、それも共有するということだ。

汚染物質の代表が硝酸・亜硝酸生窒素だろう。
それらは農地で過剰に用いられた窒素肥料、農業排水から供給された窒素化合物が土壌中で分解されてできる。

こうしてみると農業は、貴重な食べものを産み出すと同時に、水を汚染する物質の発生源という見方もできる。



静岡県は茶の特産地であるが、主要な産地で地下水中の硝酸態窒素が高い。県が行った地下水定点モニタリングでは、茶産地の牧之原市、菊川市、掛川市、御前崎市、磐田市で基準を超過していて、これらの地点では地下水の飲用はしていない。
茶のうまさは、点てる水のうまさによるともいう。それゆえ古より茶人の水へのこだわりは並大抵ではなかった。うまい水の湧き出る泉、名高い井戸水を求め、東奔西走する茶人もいたそうだ。そうした話を思い出すにつけ、茶どころの地下水が汚染されているのは残念でならない。

静岡県では環境保全型農業推進方針を策定し、環境負荷を軽減する循環型農業を実現する技術開発に取り組んでいる。特産品の茶については、施肥量を削減しても品質・収量を落とさない施肥法を試験中である。ただ、農家だけが悪者なわけではない。
補足:窒素はグリーンを鮮やかにする。他の緑色の野菜なども窒素過多である。
   茶は自然に栽培すれば少し黄色がかった色になる。(値段が下がる)

家庭菜園で用いられた窒素肥料や家庭排水から供給された窒素化合物も大きな問題で、実際、平成18年度は佐鳴湖上流域の窒素施肥量のうち、18.7%は家庭菜園などが占めている。家庭菜園で立派な作物をつくりたいという思いが、いつのまにか地下水汚染を引き起こしているのである。


最近、各地の自治体が地下水保全のルールづくりに乗り出した。地下水保全のルールは、それぞれの地下水盆ごとにつくられると実態に合ったものができる。市町村単位のルールでは限界がある。なぜなら地下水は行政の境を超えて動くからだ。

熊本県は2012年に地下水保全条例を改正した。
熊本県は生活用水の8割が地下水である。とくに熊本地域は、ほとんど地下水に依存している。
条例では、地下水を私(土地所有者)の水ではなく公共の水であると定めた。
地下水は水循環の一部であり、県民の生活、地域経済の共通基盤となる「公共水」であると明記している。

熊本県では地下水保全条例を改正するに当たり、地下水量、地下水の流れを分析し、住民に周知した。何度も会議をし、水を育む上流域の立場、水を利用する下流域の立場の共有を図った。地下水がどこからどれくらい流れてくるかがわからないうちは一体感をもてない。だが市町村の垣根を越えて共同で調査を行ない、地下水の構造や流れのわかる水門地図を作成し共有すると、そうしたなか一体感が醸成されてきた。


ルールづくりのときに水量だけに注目すると「上流域は地下水を育む」、「下流域は水を使う」という関係になる。この立場に固執すると空中分解してしまうケースもあるが、地下水の問題には量質の2面がある。
量の問題だけに注目すると、上流域は「自分たちは地下水の生産者である。地下水保全事業に金を払わなければならないのか。金は使用である都市部が出せばいい」、「むしろ金をもらってもいいのではないか」という声が上がる。

しかし、質の問題に注目すると見え方が変わる。地下水汚染を引き起こす汚染物質の代表は硝酸・亜硝酸生窒素だが、これは前述のように農地に由来する。上流部には農家が多く、家畜の排泄物を流していたり、過剰に施肥していることもある。つまり、地下水をつくり出すと同時に、汚染原因を生み出してしまう可能性もあるのだ。

この問題も流域全体の問題としてとらえ直してみる。「上流域は地下水を汚染する」、「下流域は地下水を汚染された」と加害者と被害者のようにとらえるのではなく、流域全体の問題としてとらえると、下流域も協力するようになる。

具体的には、施肥料の少ない野菜、無農薬栽培の野菜に特別の表示をつけ、それを流域の消費者が支えるというしくみがつくられている。流域で水を保全する場合、水の汲み上げなど量の問題ばかりが注目される。だが、同時に質の問題も重要なのだ。双方の問題を流域全体で共有し、解決の道を模索する必要がある。


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