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2013年12月12日 (木曜日)

尊厳死は可能か?

昼電話があり、部落のお婆さんが亡くなったとのことで、打ち揃って悔やみと葬儀の段取りを聞いて帰ってきたばかりだ。
息子夫婦は働きに出ているので「お婆さんは」老人ホームに入居していた。

3ヶ月ほど前から食が細り、点滴を始めたが数日で亡くなった。
延命処置と言えるほどの長期間の点滴では無かった。
肺炎も起こしておらず、入院もしていなかったので、おそらく、老衰だろうと思う。

本人も家族もたいした苦労は無かったようだ。

先日、子供が親の介護に疲れ果て、遺書を残し親を殺し、子供も後追い自殺した報道があった。
最近、良く似た事例が頻繁に起こっているような気がしてならない。

親の面倒を、最期を看取るのは子供の当然の義務であり、殺すなどもってのほかである。
との意見が当然のようにマスコミで言われている。

生活苦と介護が合体すれば死を選びたくなるのは痛いほど分かる。

介護で自分の人生を棒に振り、これからどのような生き方が出来るのか?
苦悩のなかで深い闇をみたことでせう。

人間は、知恵はあるが、仏様のやうな智慧はない、ゆえに四苦から逃れられぬのでせう。


『終の信託』(ついのしんたく)は、日本の小説家、現役の法律家である朔 立木(さく たつき)による2本の短編による小説集で、それを原作とする映画が作られ僕は観た。
役所広司と女医の草刈民代との死に対する話である。
女医の行為は有罪となるのであるが、法律は非情であることを認識した。

映画的にはキャスティングがよかった。
TVで江戸時代にタイムスリップした医者を演じた 大沢たかお が検事役で優しく聴取していたのが鬼検事となる。大沢の仁を信じて観ている僕を裏切った。

Poster

医者は延命治療をしないと殺人罪になる。
本人の遺書や家族が延命治療を拒んでもパイプだらけにするのが自分の護身だからやるでしょう。患者を人間と思わないことが医者の意識のなかで醸成されていくのかもしれない。

尊厳死とは何かに沿って判断するであろう。
調べてみれば、劇中でも挙げられているが、3つの条件がある。
   1. 医学的にみて、患者が回復不能の状態に陥っていること。
2. 意思能力のある状態で、患者が尊厳死の希望を明らかにしているか、
患者の意思を確認できない場合、近親者など信頼しうる人の証言に基づくこと。
3. 延命医療中止は、担当医が行うこと。

「生きる権利」と同様に、「死ぬ権利」を尊重する場合に、
最終的には、その本人に触れていたものだけが、その本当のリビング・ウィル(生前の意志)を知ることができる。

遺書などの書面がなければ、ほとんどの場合は本人は意識不明で、客観的に当人の意志を証明することはできない。

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