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2014年4月18日 (金曜日)

農業の歴史〜2

マスコミにはTPP交渉で「日本の農業が壊滅的な状況にならないよう交渉する。」と政治家が言っている。

政治家は農業は壊滅していないと思っているのか?認識不足も甚だしい。

知っているが、選挙があるのでそう言ってるだけなのか?いづれにせよ、農民をバカにした物言いである。



熊本で家禽が鳥インフルエンザにかかり、10万羽を超える元気な家禽まで殺生した。

こうした行為に及ぶことは異常な状態であることは賛同していただけると思う。
原因は、家禽の飼い方が自然と大きく離れていることだ。

人の欲望は地球を破壊することも厭わない、恐ろしいものだった。

本能で生きている生物にとって人の行為(農業)は存在を否定される恐怖なのです。
人に都合が良ければ「益虫」となり、悪ければ「害虫」と呼ばれ全滅の危機になるほどの殺戮を人から受ける。

人間の都合のいい勝手に理由をつけるのが「科学」だろう。
農業は、植物栽培と動物飼育に大別できる。
両者とも欲望から自然界が処理できない結果となっている。
その先は、汚染により生きていくことが不可能となった地球が残る。そこに、人は間違いなく存在していないだろう。

それでも、まだ人は欲望にまみれて死の淵に向かって突き進んでいる。
農耕民族と狩猟民族に分けた人類学の説明があるが、狩猟民族は肉ばかり食べていたように思われるが、実際は動物を飼育し余裕ができたら食べられるのであって、原則人は雑食の動物である。


つい最近までは、肉は神への捧げものとした後食べると程度で、よっぽどでないと口にはできなかった贅沢なものであったと欧州の老人は答えている。
現実には、動物の乳を飲む方が理にかなっている。

農業に効率化という考え方は不要なのです。

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