« 2014年6月22日 - 2014年6月28日 | トップページ | 2014年7月6日 - 2014年7月12日 »

2014年7月 3日 (木曜日)

半夏生祭り

神主さんの都合で昨日の半夏生に供物を供えてお祓いをする行事が今日になり、雨の中社殿で行われた。
祝詞のあと、御幣で一人ずつ身体から悪霊を追い出したのち、全員揃って柏手をうち行事は終わった。

水利組合は、杜にある「大門社」の祭りを行った。
恵雨を祈願しての神事である。
祝詞は万葉仮名で漢字の大小で書かれている。
俺には読めない。

20070710132754_2    
 葉が白くなり、花が近くにある ということは、花粉供給者である虫を誘き寄せるためであろう。

人にはみえないが、虫には 青色が見えているはずだ。

昨日の夕食は、半夏生ということで、「タコのマリネ」、「小麦粉で作った団子(タコの薄切りのように指でつまんで小さく、平たくする)」にきな粉、小豆あんを絡めて頂く。


こちらでは、サバの串焼きは食べません。

Photo_4
      団子は「半夏のハゲ団子」と子供のころ ふざけて 禿げた人に言っていた。

秀作映画「八日目の蝉」の「虫送りのカット」も半夏生の小豆島の行事だ。

昔は本土でも行われていたが、徐々に廃れていった。

仕事に追い回される現代は不幸な時代だと思う。

Photo_5
Photo_6           棚田です

Photo_7
最近、讃岐うどんブームとやらで、俺が知らぬ間に「うどんの日」に香川はなっていたが、
半夏生にうどんは食べません。




くどくまた言うが、うどんブームは現地の俺にとっては、えらい迷惑なのだ。
・車が増えた。
・まずいうどん屋が続々開店した。
・うどんが値上がりした。(駐車場の確保で経費UP)
・製麺所に行列ができた。
・アルデンテのうどんは不良品。
・釜揚げうどんは未完成品。(湯だめうどんを食うべし)
・ざるうどんは高いだけ。(冷やしうどんが安い)

・・・・・ 
そんなこんなで「うどん屋へ行けなくなった。」のだ。


| | コメント (0)

2014年7月 1日 (火曜日)

雨の名前・呼び方

『2014年6月吉日 無印良品のブログから編集させて頂きました。』ご免

6月中にアップする予定でしたが、7月になってしまいました。

予定通りに行かないのがこの世、人生の定め。

雨の種類・名前などは検索してWikipediaに52種類が表になっています。

別のサイトではかったぱしから辞書に出てくる名前を整理して80種ぐらい?表にしていた。

暇人か、気になりだしたら寝られない僕のような性格のお方でしょう。きっと。

さて、天気記号で雨は


Photo_2ですが、

Photo_3

 は・・・


  では この記号はなんでしょう?

Photo_4  答えは、「天気不明

 梅雨入りの直後から、各地で大雨に見舞われた今年。烈しい雨を表現する言葉として

『土砂降り』はよく知られていますが、他にも、

『篠突く(しのつく)雨』

『滝落とし』

『鉄砲雨』

『大抜け』など、さまざまな名前があります。

 水の豊かな日本は、雨の多い国。その恵みも怖さも知っていた先人たちは、いろいろな顔を持つ雨にそれぞれ名前をつけることで、雨と上手に付き合ってきたのかもしれません。

 
雨の名前を通して、日本人と自然のかかわりについて考えてみましょう。

Photo_8
      歌川広重「名所江戸百景」

農耕と雨

 雨の名前が数多くあるのは、長い間、農耕民族として生きてきた日本人の歴史と無縁ではありません。雨は農作物の出来不出来に直結してくるからです。

 
万物をうるおし育む恵みの雨は『慈雨(じう)』と呼ばれ、

田植えに必要な雨は『水取(みずとり)雨』

日照りの続いた後に降る恵みの雨は『喜雨(きう)』

「いいお湿り」と人から喜ばれる雨は『好雨(こうう)』『佳雨(かう)』。

 一方、せっかく育てた作物に被害をもたらすのも雨で、作物の実りをさまたげ、人を苦しませるほどの長雨は『苦雨(くう)』と呼ばれます。

     田植え風景です。(棚田向き)

Photo_5   田植え定規と言います。写真では3人掛かりですが、通常1人
  で印のところへ植えていきます。

数人で作業する場合は、定規を同時に動かさないと迷惑になり、
作業がはかどりません。
マイペースでは駄目な作業です。子供は辛いです。
女性は辛抱強いので、女の仕事で、共同作業となれば、男は田楽
で応援に回っていました。

その後、機械化されました。
   最初は、歩行型田植機でした。(棚田向き)
Photo_7    2条植えが普通でした。
    4条植えもありましたが、方向転換は力がいるので元気でお金のある人しかかえませんでした。

機械は一台しか買えないので、男の仕事になりました。

女は見物や、苗を渡したりの楽な仕事になりました。


やがて、年寄りや、おなごしでも使える「乗用型」が登場しました。

写真は一番小さい4条植え田植機です。100万近くします。
(最新型でパワーステアリング、肥料散布オプション付きです。)

我が家のはただ乗用というだけで、すべてマニュアルです。

10条植えまであります。実物は見たことがありません。
値段はBMW 4シリーズが買えます。
Photo_6

 雨に一喜一憂してきた日本人の歴史が、さまざまな雨の名前を生んだのでしょう。

 私たちが願い事を書く『絵馬』も、そもそもは雨への祈りから生まれたもの。

 京都・鞍馬にある貴船神社は、古くから『水の神様』、特に『雨乞いの神』として知られますが、ここは、歴代の帝が、干ばつの時には黒馬を、長雨には白馬か赤馬を奉納して祈願したところです。

 最初のうちは生き馬を奉納していたのですが、後には馬形の板に色をつけた『板立馬』を奉納したと伝えられ、それが今日の絵馬の原形になったといわれます。

五月雨(さみだれ)

梅雨は、6月上旬から7月中旬にかけて停滞する梅雨前線が降らせる長雨です。

 梅の実が熟すころに降る雨なので「梅雨」の字をあてますが、「梅雨(ばいう)」はそもそも、支那で使われていた言葉。

 日本では、古くは「五月雨(さみだれ)」という呼び名のほうが一般的でした。

旧暦の五月(さつき)に降る雨」が『五月雨』で、『五月晴れ(さつきばれ)』も、もともとは梅雨の晴れ間をあらわす言葉なのです。

「『さみだれ』の『さ』は、神聖なもの、尊ぶべきものに冠する接頭語。

 五月の呼び名である『さつき』も、『さ』が付くことで尊ぶべき月というニュアンスが生まれる」

と解説するのは、万葉学者の中西進さん(「ひらがなでよめばわかる日本語のふしぎ」/小学館)。

 「陰暦五月(新暦では六月)は、農耕民族にとっては田植えが行われる、一年で最も大事な時期だった」のです。

 日本は長く、稲の品種、収穫時の天候を考慮して、庄内地方は5月10日頃です。暖地では6月20日頃ですが、品種によって5月の連休と6月中旬と7月上旬に別れて田植えをします。
Kome006    農水省HPより
    沖縄は3月、温暖化により栽培期間が短縮したので
バラバラです。 
季節感も地域によって変化しそうです。

男梅雨と女梅雨

 『男振り』といえば、男性の容姿をあらわす言葉です。美男子、好男子の意味合いで、いま風にいえば『イケメン』といったところでしょうか。

 これが『男降りとなると、大粒の強い雨のこと。

剛直であることが男らしいとされた時代を彷彿させる名前ですね。

 同じように『男梅雨(おとこづゆ)』は、ザーッと降ってはサッと止むのを繰り返す陽性型の梅雨のこと。気性のさっぱりした快活な男性を思わせます。

 

 一方、『男梅雨』の対で使われるのが『女梅雨(おんなづゆ)』。

しとやかな女性のように、しとしとと長く降り続く陰性型の梅雨のことですが、もしかしたらこの名前、いまの女性像にはあてはまらないかもしれません。

 雨の名前ひとつから、「男らしさ」「女らしさ」のイメージも時代によって変わっていることがわかりますね。

雨のいろいろ

 通り雨、にわか雨、小糠(こぬか)雨などは普通によく知られている雨の名前ですが、他にはどんな名前があるでしょう。

「小学館のまほろば歳時記第1集・雨の名前/高橋順子」から拾ってみました。

 たとえば『夕立』のような雨の別名は、『白雨(はくう)』『一陣の雨』『一発雨』など。

 方言を探すと、『山賊雨』や『脅し(おどし)雨』、『御雷様(おらいさま)雨』、『端的雨』、『所降り(ところぶり)』、『婆威し(ばばおどし)』、『もらったあみ』などの呼び名もあります。

 暮らしぶりがうかがえる名前では━━『汗疹枯らし(あせもからし)』は、裸で雨に打たれると、あせもが治るという夏の小雨。

『宝雨(たがらーめ)』は、日照りの続いた後に降る雨。


『親方雨』
は、夜の間だけ降って朝はカラリと上がる雨のことで、親方にとって好都合という意味でしょうか。


『遣らずの雨(やらずのあめ)』
は、お客や恋人の帰る刻限になって、引き留めるように強く降り出す雨。(泊まって、やりまくりのあめ?

『私(わたくし)雨』『帆待ち(ほまち)雨』『我儘(わがまま)雨』といえば、ごく限られた場所に降る雨。

 岡山県のある地域では、埃をしずめる程度のわずかな雨を『門掃位(かどはきぐらい)』と呼ぶそうです。

 雨の名前が多いということは、それだけ雨が人の暮らしにつながっ ていたということ。

 アーケードも地下街も乾燥機も除湿機もなかった時代、農耕に限らず、雨との付き合い方は暮らしの中で大きな位置を占めていたのでしょう。

 古来、日本人は自然に寄り添いながら、自然とともに生きてきました。しかし、文明が進むにつれて、人はそういう感覚を失っていきます。

 特に私たち現代人は、自然を感じ取る感性が鈍っているかもしれません。

 梅雨というこの季節に、雨の名前をちょっと意識してみる。

そんな小さなことが、自然への感受性を磨くきっかけになるかもしれません。

雨は人や生物が生きていく上で書かすことの出来ない『水』を循環してくれているのです。
Photo_9雨が降らなければ、砂漠になったり、水がすべて海水になってしまうのです。

 

上流で汚染すれば海まで及び、やがてこの惑星の生物は絶滅するでしょう。
さう、ならんことを祈りつつ 駄文を閉じます。

| | コメント (0)

« 2014年6月22日 - 2014年6月28日 | トップページ | 2014年7月6日 - 2014年7月12日 »