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2015年11月 3日 (火曜日)

第2次大戦終了前からの戦勝国の行動

第2次大戦終了前からの戦勝国の行動を簡潔にまとめようと試みてみよう・・・
① UKとソ連が会談
 ポーランドを東へ移動する。
② カイロ会談
 UK, US, ソ連、支那(蒋介石)
③ ヤルタ会談
 UK, US, ソ連
 が勝者の分割について協議〜北海道はソ連が取ると合議したが、UK, US,は共産主義を敵とみなし、チャーチルとルーズベルトは北海道はソ連にやらない密約をした。
・1945.4.21ルーズベルト死去
 次の大統領のトルーマンはチャーチルとの密約はこの時点では知らなかった。
・1945.4.25 US連合軍とソ連がエルベで出会いドイツは負けた。
・ソ連軍は日本との不可侵条約を破棄し日本と戦うため東へ移動。
④ポツダム宣言
 7月16日 USの原爆完成。
 大統領はこの時チャーチルとの密約を知る。
 
・ソ連軍は関東軍の手薄な満州国へ大群でなだれ込み、樺太から韓国まで脱兎のごとく進軍することは予想できた。
 ソ連もUS同様ドイツの化学者を拿捕し、原爆を開発していたが濃縮ウランはドイツから西へ運びUSに届いていたため、原爆は完成していなかったことをUKは知っていた。
・猛烈に進軍するソ連を脅す手段として8月6日ウラン型原爆を投下。8月9日プルトニュウム型原発を長崎に投下した。
USは全部で10都市へ投下する予定であった。京都などは木造建築の町なので、原爆の威力を見せつける最適の町であった。
余談;宝物が多いので最後に回したという噂もある。裏付けとして、爆弾投下は名刹や神社を避けている。ボストン美術館に日本の国宝がなぜあれほどあるのか。また、刀類は赤羽のトンネル内に隠し保管していた。その中から良い出来の刀を選んで研いだものを「赤羽刀」と呼んでいる。
・8月9日ソ連は不可侵条約を破棄し満州からなだれ込んだ。
 57万5千人がシベリア抑留となり、6万人はシベリアで死んだ。
 8月14日ソ連のスターリンは北海道分割しソ連に渡す約束したヤルタ会談の内容を文書にするようUSのトルーマンに要求するも、USのトルーマンは拒否した。
14日、日本から降伏の連絡があり、原爆の脅威をソ連に見せつけていたから強い態度で拒否できた。このために、原爆が投下されたのである。
USと日本の犠牲を減らし、早期に戦争を終わらすために原爆投下したという理由は後付けである。
 後年、ビキニ環礁へ日本海軍の船70隻を集め、原爆1発で破壊し、ソ連への見せつけに利用した。
・朝鮮半島は38度線でソ連とUSで分割占領することを約束した。
・ソ連は日本侵略を止めず、樺太から千島列島を制圧し、9月中旬、北海道へ上陸する寸前に連合国側から停戦命令が出た。
・8月30日マッカーサー厚木基地へ着く。
・9月3日 戦艦ミズリーにて降伏文書に署名。
 この時点で日本の敗戦が正式に決まる。
・1948年8月29日 ソ連が原爆実験成功。
・1950年6月25日 朝鮮戦争勃発。
 以降は後日へ
 
 

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